顧客起点の新たな営業術「インテントセールス」
──はじめに、荻原さんのこれまでのキャリアを教えてください。
新卒でキーエンスに入社し、製造現場の自動化・効率化を支援する製品の営業を行っていました。それから音声配信プラットフォームを提供するVoicyへ転職し、事業開発として、セールス、アライアンス、カスタマーサクセス、コンテンツ企画などの幅広い業務を担当。その後、共同創業メンバーとともにSales Marker(旧:CrossBorder)を立ち上げ、現在に至ります。
──現在、インテントセールスコンサルタントとして企業の営業活動を支援されています。Sales Markerが提唱する「インテントセールス」とはどのようなものでしょうか。
インテントセールスは新しい営業術ですが、概念としては、これまでトップセールスが行っていた営業術からヒントを得ています。
限られた時間の中で売上を上げるには、今まさにニーズや課題がある顧客を発掘し、アプローチすることが非常に重要ですよね。従来のトップセールスは、ウェブ上の公開情報から市場トレンドを読みとったり、顧客との会話から現在の課題や今後の投資計画といった導入可能性を測るうえで重要な一次情報を入手したり、手足を使って集めた情報から仮説を立てることで有効なターゲティングとアプローチを行っていました。これらの属人的な営業行動を膨大なデータとテクノロジーの力を駆使して標準化し、再現性をもって成果を生み出せるようにしたのがインテントセールスなのです。
──従来の“売れる営業術”をさらに強化したもの、というイメージでしょうか。
おっしゃるとおりです。公開情報と一次情報それぞれの取得・分析を自動化したと言えるでしょう。とくに一次情報は、従来は顧客に直接聞かなければわかりませんでした。しかし、デジタル化が進む現在、人は課題を抱えるとウェブ上で解決策を調べますね。ターゲットとなる企業が興味関心など意図(インテント)をもって起こしたウェブ検索行動を分析することで、一次情報に類する取得・分析も自動化できるようになったのです。
ウェブ検索というファクトに基づき、必要なものを必要なタイミングに提供することにより、成約につながる可能性が向上します。また、データに基づくアプローチを最適化することで、再現性も高まる。今まさにニーズがある企業を顧客起点で特定し、ニーズに沿ったアプローチができるのが、従来とは異なる点です。
顧客インテントを軸に“3つのステップ”でモデル化
インテントセールスには3つのステップがあります。最初のステップが「インテントシグナル」。顧客のインテントデータから、顧客の興味関心フェーズを正しくタイムリーに捉えます。次が「インテントアプローチ」。顧客の興味関心フェーズに応じて、“マルチチャネル×マルチメッセージ”という多様な選択肢の中から、最適なチャネルとメッセージでアプローチします。そして最後が「インテントジェネレーション」です。顧客にマルチチャネルでリーチすることで課題を啓蒙アプローチし、興味関心を生み出すのです。
当社では、この3つのステップを「インテントセールスホイール」としてモデル化し、インテントセールスの全プロセスを実現するためのツール「Sales Marker」の機能に落とし込みました。
アプローチ開始から1週間で1,000万円を受注できた理由
──トップセールスのノウハウを標準化するという点では、ナレッジマネジメントやリスト作成など、すでにさまざまな手法・ツールがあります。それらと比較して「Sales Marker」は何が異なるのでしょうか。
最適な勝ちパターンを特定し、あらゆる営業が再現できる状態に落とし込むという点では、ナレッジマネジメントを行えるセールス・イネーブルメント系のツールと共通する部分があります。しかし、それらのツールと「Sales Marker」はデータの種類と量において一線を画しています。セールス・イネーブルメントでは、社内の属人化したナレッジをデータ化し再現性を高めることを目指しますが、「Sales Marker」は、社内のデータに加え、ウェブ上の顧客行動という社外のデータも対象としています。1日約50億レコードのサードパーティデータから実際に市場で起きている現象を分析することで、これまで行ってきた社内の営業活動の延長ではなく、より最適なターゲティングやアクションを導き出すのです。
企業データベースともよく比較されますが、大きくふたつの点が異なります。ひとつは、買い手目線のデータを集められること。従来の企業データベースでは、従業員数や売上などの情報を基に、営業が売り手目線でセグメントやターゲティングを行うことになります。一方、「Sales Marker」ではウェブ検索に基づくインテントデータ(興味関心データ)からニーズを把握し、提案のタイミングや訴求ポイントを買い手目線で最適化することができます。
もうひとつは、ツール上でアプローチまで実現できることです。データベース系のツールは、アプローチする企業のリスト作成がゴールになりがちです。しかし、本来のゴールは売上を上げること。そのためにはやはりアプローチが重要ですよね。マルチチャネルで最適なアプローチを実施できるのも「Sales Marker」の特徴です。
さらに「Sales Marker」には生成AIが搭載されているため、学習を重ねることで「●●という企業に、~~という内容でメールをしてみましょう」と、最適なタイミングでのアプローチをレコメンドすることもできます。これにより、あらゆる営業が同じように成果を出す「アクションの最適化」が期待できます。顧客のニーズに合わせてAIがメールの内容を書き換えるなど、顧客起点で最適化されたマルチメッセージでのアプローチを行うことができるのも、成果につながる特徴のひとつだと思っています。
──「Sales Marker」を活用することで、数十人規模の企業が大手企業からの成約を獲得している事例もあるそうですね。具体的な活用事例や成果について教えていただけますか。
たとえば、あるウェブ制作系の企業では、「Sales Marker」を活用してターゲティングとアプローチを行った結果、アプローチ開始からたった3日で商談を獲得し、1週間後には1,000万規模の案件を受注しました。
──成約の可能性が上がるだけでなく、顧客の検討期間も短縮したんですね。
アプローチした際、顧客から「今まさに、依頼する企業を検討していたタイミングでした」と言われたそうです。
顧客が購買を検討する過程では、社内で起こっている課題を自覚する課題認知フェーズ、それらの課題を解決する手段やツールを探す解決策探索フェーズ、実際に導入するサービスやツールを決定する比較検討フェーズという3つのステップがあります。ツールを導入すること自体はすでに決定している「比較検討フェーズ」でアプローチできると、結果的にリードタイムは短くなりますね。「Sales Marker」は社内外のデータを活用することで、ブラックボックス化していた顧客の検討プロセスと現状のフェーズを可視化しました。
また、意思決定を行うのは“人”ですから、ニーズがある企業を特定するだけでなく、キーパーソンを探してアプローチする必要があります。これも「Sales Marker」上で実現できることで、適切なタイミングで適切な人物にアプローチできた結果、受注につながる「いい商談」が増え、成約やリードタイムの短縮につながったのでしょう。
「Sales Marker」の設定さえしてしまえば、営業経験がない人でもターゲティングからアプローチまで行うことができます。実際に、営業担当がいない少数精鋭の企業で週2、3時間「Sales Marker」の設定を行うだけで、数千万規模の大手企業の案件を受注している事例もあります。新規商談をつくるインサイドセールスを設けていない企業が、「Sales Marker」によって数多くの商談や売上を獲得しているのはユニークな点だと思います。
日本の営業活動から“誰も幸せではない時間”をなくす
──ツールによって営業ではない方が売上を創出できるのであれば、今後、営業職は不要なのでしょうか。「Sales Marker」を通して、日本の営業領域をどのように変えていきたいと考えていますか。
利用者が営業にとどまらないのは「Sales Marker」の新しい点ですが、顧客のために何ができるかを“人”が考えるという本質的な部分は、今後も変わらないと思います。
営業は売るために電話をかける。企業は受付担当に「営業電話は断れ」と指示を出す。この攻防戦が繰り広げられているのが現状です。しかし、本当に必要としている人に対して適切なタイミング・チャネルでアプローチできれば、むしろ感謝されますよね。
さらに、誰でも成果を出せる仕組みができれば、売上が上がらず自己肯定感が下がっている営業や、事業が成り立たなくなりそうな企業など、営業活動で苦しむあらゆる人が救われると考えています。それがまさに我々の目指す世界観であり、その活動を支えていくことで、「Sales Marker」が社会的に意味のあるプロダクトになっていくと思っています。
──最後に、変化の激しい時代の中、日々顧客と向き合う営業職に向けてメッセージをお願いします。
私が営業をしていてやりがいを感じるのは、やはり、お客様のことを考え抜いて最適な提案を届け、感謝された瞬間。これが営業が存在する価値だと思います。
営業は「なりたくない」と言われがちな仕事ですが、それは、顧客がいらないものを売り込んでしまうことで“嫌われる瞬間がある仕事”だから。インテントセールスを浸透させることで、顧客には必要なタイミングで必要なものがデリバリーされる体験を、営業には「ありがとう」と言われる経験を増やし、“誰も幸せではない時間”をなくしていきたいですね。
主役はあくまで“人”ですから、デジタルやツールを味方につけて再現性を高め、お客様にとっても営業にとっても、営業の社会的価値を高めていきたいと思います。
──営業職に従事する“人”への思いを強く感じるお話でした。本日はありがとうございました!