「オンボーディング」が成長の連鎖のカギを握る
企業が事業を拡張していくうえで「人材の活躍」は欠かせない。しかし、はじめから活躍できる人材は少なく、多くは入社後のオンボーディングを経て活躍できる人材へと成長する。最適なオンボーディングを経て自社で活躍する人材を着実に増やすことができれば、その分業績が上がり、また新たな人材を採用できる――と、成長のスパイラルにつながる。
しかし、このオンボーディングで躓いてしまうケースも少なくない。その結果、採用コストが嵩み、事業で得た収益が採用・人材育成コストへ必要以上に費やされ、悪循環に陥ってしまう。つまり、企業が成長の循環を辿るうえで「オンボーディング」が重要な鍵を握っているのだ。
セッションに登壇した西尾氏が所属するユームテクノロジージャパンでは、Googleの社員教育機関「Google University」の初代教授であるドングショ―・リー氏が立ち上げたラーニングプラットフォーム「UMU」を提供している。コロナ禍によって座学からオンライン学習へと「学び方」が変わる中で、グローバルで100万社、日本では1万社以上の導入・活用実績がある。西尾氏は「この数字は、コロナ禍以前の約3倍に相当します」と語る。
「学び」をデザインするという視点
そんなユームテクノロジーが考える「トレーニング」とは何か。同社は、世界最大の人材・組織開発に関する会員制組織であるATD(Association for Talent Development)にプラチナスポンサーとして出展し、さまざまな発表を行ってきた。ATDでは、各社・各登壇者が、「どのようにして人材は成長するのか」「人材開発・組織開発をすると業績は伸びるのか」などのテーマについて、データに基づいたあらゆる分析・発表を行っているが、西尾氏が紹介したのは「成長企業の教育には必ずテクノロジーが活用されている」という内容だ。データ分析を行って、より良い教育のかたちを整備していく――感覚的に「できる人」「できない人」に分類するのではなく、データに基づいて改善し「できるようにしていく」という考え方が示されているという。
ここで西尾氏は、「"デキる"営業担当者を3名想像してほしい。その3名は、全員同じルートで成長していますか?」と問いかけた。失敗や課題から大きく成長する人もいれば、お客様に育てられた人もいる。人によってはオンライン学習のインプットを通してスキルを高めたかもしれない。これからの育成では、「何を教えるか」ではなく、「どのように『学び』をデザインするか」の視点が重要であると続けた。
「認知」から「業務適応」まで デザイン設計の重要性
他方で、日本ではプレイヤーとして実績を上げた人が上司となり、部下をマネジメントするケースが多数見られる。そうした人は、「頑張り屋で努力家」「試行錯誤しながらさまざまなものを吸収してはアウトプットし、業績を上げてきた」人材が多い傾向にある。彼らの中には、自身の成功体験に基づいた「考え方」と「やり方」を教えさえすれば部下自身も同じように成長できる、と勘違いをしている人もおり、結果、「なぜ教えたのになぜできないのか」「採用するべき人材を間違えたのではないか、私は間違っていない」と、「成長できない部下が悪い」という考えに至ってしまうケースがある。
しかし、「上司ガチャ」という言葉が台頭していることからわかるとおり、「上司や先輩の言葉には再現性がない」「教え方がわかりづらい」など、教育側に対する不満も噴出しているのが実情だ。
「OJTという文化が浸透しているが、実際OJT教育は非常に難しい。プレイヤーとして優れた人が、必ず優れた監督になるとは限りません。指導者側が『教えるためのデザイン設計』を知らないことが大きな問題でしょう」(西尾氏)
意識するべきは、「育成される側のレベルを把握すること」であると西尾氏は続ける。実際に、UMUは「認知(知っているか)」「理解(自分の言葉で表現できるか)」「記憶(記憶として定着しているか)」「業務適応(実際の業務シーンで使えるか)」――この4段階を相互に作用させたトレーニングを提供している。この4つのフェーズをいかに短くし、効率的に行うかが鍵であると説明された。
オンボーディングの成果を高める4つのポイント
セッションの中盤では、オンボーディングのパフォーマンスを高める4つのポイントが紹介された。
- 良いコンテンツを見ること
- 意図された練習
- 即時のフィードバック&コーチング
- 業務シナリオでの定着証明
4つめの「定着証明」とは、学習計画に基づいて練習し、何度かスピーディにフィードバックを受けたうえで現場に出ることを指す。西尾は、「人事が教育したのち、現場部門に配属させる」オンボーディング手法が現場からの批判を集めやすい点を指摘しつつ、次のように続けた。
「1回練習しただけですぐ現場に放り出され、できないと『どうしてできないの?』と叱られた経験をお持ちの方は多くいる印象です。しかし、イチローのバッティング動画を見たあとに1回だけ練習をしたとしても、打てるとは限りませんよね」(西尾氏)
育成分野でのテクノロジー活用は過渡期を迎えている。とくに大きく変わったのが、インプット中心からアウトプット中心になったことだ。かつてのEラーニングは、メールで複数回に分けてコンテンツが送られ、送られたコンテンツにまつわる確認テストを行う、という流れが一般的であった。しかし、昨今は「インプット⇒アウトプット⇒アウトプットに対するフィードバック⇒フィードバックを踏まえたアウトプット」と、効果的な学習のデザイン設計を行うことの重要性が見直され始めている。各フェーズの合間に「評価」のステップも挟み、段階的な効果検証を行いながら教育の過不足がないか、都度調整していく手法だ。
他方でそうした「新しい学び方」では、インプットとアウトプットを繰り返すことによってトレーナーの生産性が大きく低下する可能性が懸念される。インプットとアウトプットを何度も繰り返すことで学習の有効性が高まるものの、トレーナーが見守る生徒の数が増えれば増えるほど学習の有効性は下がってしまうのだ。かといって、トレーナーを増やすほどコストは膨らんでしまう。実際に、「トレーナーの生産性」「学習の有効性」「コスト」のバランスが取れずに育成面での妥協を強いられる企業が少なくないのだという。
「だからといって諦めてほしくないですね。テクノロジーを活用することで、3つの制約のバランスを取ることができるようになるからです」(西尾氏)
ユームテクノロジーが提供する「UMU」は、インプットとアウトプットの機能がそれぞれ複数搭載されており、「アンケートを取る⇒動画を見せる⇒質問を投げかける⇒課題を提出させる⇒評価する」などと、各要素を組み合わせることで自由に学びをデザインできる。
キーワードは「何を体験してもらうか」
西尾氏は、提供するUMUのデザイン設計「段階練習」「即時フィードバック」「お手本の提供」「個別指導」の流れに沿った、ひとつの事例を紹介した。新しく入社した社員に対して、「会社概要についてインプット⇒会社を説明する様子をスマートフォンで撮影⇒撮影した動画をアウトプット⇒AIが評価を行い、分析レポートとして返送される」というものだ。AIからのフィードバック(分析レポート)を参照したうえで再度チャレンジすることも可能で、「インプット・アウトプット・フィードバックの組み合わせは、ひとりあたり7〜8回ほど撮り直しを行い、満足いく成果が得られる方が多いです」と西尾氏は説明する。
営業時間外も練習ができることやオンライン上でほかの社員の進捗状況が一覧できること、受講生同士でお互いにフィードバックを行うことができる点も特徴として語られた。
西尾氏は「オンボーディングの際には、OJT形式で教育を行うのではなく、UMUのデザインやコンテンツを良くすることでより効率的に改善されていく」と説明したうえで、他社の活用事例を3つ紹介した。
1. 日系企業の新人教育
OJTではなくシステム上でオンボーディングを実施。各プログラムを受講したユーザーそれぞれがどのような成果を得られたのかが分析された。
2. 販売代理店のトレーニング
全国の販売代理店のスタッフに対して実施。学習レベルが異なる4つのフェーズにレベルが分けられたプログラムが用意された。
3. 営業分析のトレーニング
予算達成率と練習回数の相関性を測り、インプット・アウトプットそれぞれの視点から関連性が分析された。
UMUを活用し、幅広い業界・規模のユーザーの学習効果を向上した実績多数
営業教育・新人教育・OJT・内定者教育・学習プラットフォームなど、詳細な事例に興味がある方は導入企業事例インタビューをご覧ください。
なお、育成に活用するコンテンツづくりに苦戦するユーザーに向けて、スクリプトを入れ込むとAIが読み込んで発話する「AI音声スライド」機能も併せて紹介された。コンテンツにかかる負担を軽減するほか、積極的に改善を重ねられるようになるため、オンボーディングのクオリティを底上げできる点が利点であると語られた。
「積極的なインプットとアウトプットに取り組みながら、ナレッジシェアや事例紹介を通じて『線』を『面』にしていく――本セッションではオンボーディングのフェーズを切り出して紹介しましたが、その前後をデザインすることでも成果は変わってくるでしょう」(西尾氏)
セッションの終盤では「仕事での経験」「他者との関わり」「研修・学習」が人を形成する、という「70:20:10の法則」に触れたうえで、「何を学んでもらうか」以上に「何を体験してもらうか」のデザイン設計が重要になる、と述べた西尾氏。「そうしたシステムの1つひとつをデータに基づいてデザインしていくことが大切です。テクノロジーの活用を通して、より有用性の高いオンボーディングへと転換し、自社で活躍する人材を育成していきましょう」と語りかけ、セッションを締めくくった。