UPWARDが考える「活動管理」
「活動管理」と聞くと、営業担当者は一方的に提出しないといけない日報や、日中何をしているかを監視するための手法と思うかもしれない。しかし、UPWARDが考える活動管理とは、営業担当者が顧客のところに訪問して獲得したリアルで有用な情報を活用することを指す。
2002年3月に創業したUPWARDは、もともとはGISおよび位置情報システムの受託開発を中心に手がける会社であり、以前はオークニーという社名であった。2011年にCRMと地図サービスを連携させたUPWARD(旧称:Orkney GeoGraph)の最初のバージョンをリリース。2016年7月には、受託開発事業を止め、UPWARD事業へリソースを集中させる決断を下す。そして、プロダクトと企業のブランド統一のために社名を現在のUPWARDに変え、クラウドソフトウェアの会社に事業転換を図った歴史がある。
柴田氏はUPWARDの利点を「Salesforceのデータを地図上で可視化できるので、単に情報を地図で見るだけでなく、営業担当者が次のアクションをとるための気づきを与えることができる」と述べた。たとえば、最近訪問できていない顧客だけを地図上に表示したり、マーケティングデータとの連携でスコアの高いリードだけを表示したりすることができる。Salesforceと連携できるため、UPWARADを見れば、やるべきことがわかり、最適なルートをつくり、Salesforceへの一括登録も可能。2019年7月現在、フィールドサービスを支援するツールとして、製造業やサービス業などを中心に260社が導入している。
柴田氏がUPWARDに入社したのは2013年。UPWARD事業の立ち上げから多くのプロジェクトに参画し、2年前に営業マネージャーに就任したが、「どちらかというと現場での仕事が長く、マネジメント経験が少ない」という。とはいえ、UPWARDを用いながら、チームメンバーとともに営業マネージャーの仕事を進めてきた過程で、活動管理から多くの学びを得ることができた。
実は2016年に新生UPWARDとして再スタートを切ったとき、同社の社員構成は大きく変化した。2016年7月時点の社員数は8名。営業は柴田氏を含めて3名という体制で、それぞれの営業スタイルはバラバラ。すべての業務が属人化されている状態であった。しかし、翌年の2017年には社員数は20名に増え、営業は4名体制となる。このときにマーケティングやインサイドセールスの担当者が入社し、業務の仕組みが整った。さらに、2018年には社員数がさらに増えて40名を超え、営業は8名体制となる。「各部門の役割が明確化し、お客様と弊社との関わり度合いに応じて、マーケティングやインサイドセールスがアプローチするようになり、営業は分業化で業務に集中できるようになった」と柴田氏はこれまでを振り返った。
自社の成長に物足りなさを感じ、見直した営業活動
柴田氏の話は、自社の営業チームが経験したことに基づく直近1年間の取り組み内容に移る。現在、UPWARDではマーケティング、インサイドセールス、営業、カスタマーサクセスまで分業体制が定着し、担当者がそれぞれにKPIを持ち、共通のゴール達成に向けて活動している。マーケティングはセミナーやイベント開催でリードを発掘し、MAで運用し、十分に育成したと判断したらリードをインサイドセールスに渡す。インサイドセールスは興味度合いを引き上げる活動を行い、商談化が見込めるアポがとれたら営業に渡す。営業は訪問して商談を進め、成約したあとはカスタマーサクセスが活用定着を担当する。失注した場合も、営業がマーケティングやインサイドセールスにリードを戻す。
この仕組みが整ってからは、業績も右肩上がりに成長しているという。2016年はパートナーから商談をもらうほうが多かったが、自社でリードを育成する力をつけている。直近1年を振り返ると、売上構成における直販の比率が2年前の37%から69%に成長。とはいえ、「現在の売上成長ペースは物足りない。もっとトップラインを上げないといけない。本来のポテンシャルと比べると乖離がある」と柴田氏は現状を評価する。直販比率の伸びは自分たちでリードを発掘し、育成できるようになったことの成果であるが、成約件数が思うように伸びないことにもどかしさを感じたという。同社の場合、営業教育に力を入れ、業務効率化のツールを使いこなすことはできていた。伸び悩む原因は何かを考えた結果、改めて営業活動を見直すことにしたのだ。
なぜ営業活動を見直すのか。目指すゴールは売上を増やすこととシンプルだ。柴田氏は、その売上を構成する1つひとつの案件に紐づく個別の営業活動に視野を広げ、情報を分析しようと考えた。営業プロセスの中では、顧客の顔とファクトが見えているのは実際に訪問する営業だけである。だからと言って、マーケティングやインサイドセールスと何も共有していないわけではない。「(お客様から)こんなことを言われた」「こんな課題を抱えていることがわかった」「(お客様の)業務の流れはこう」「UPWARDのここに期待してくれている」など、実はSalesforce Chatterを使い、テキストベースではかなり多くの情報が毎日更新されていた。
柴田氏はマネージャーとして、1つひとつの案件のレビューをする際、その情報に基づき「この案件は大丈夫?」「この案件は予算を確認したほうがいい」などのアドバイスを行う。その内容は全社員と共有しているが、膨大な情報の分析ができていないことが悩みであったという。その解決のために考えたのが、営業の活動結果をシンプルにデータ化することであった。「お客様と会うことで得られる情報」「お客様と会うことで自動的に取得できるログ」、この2種類のデータを集めて分析してみようと考えたのだ。
活動データ分析から得られた気づきと効果
まず、従来は手作業で入力していた「訪問の結果」「訪問の内容」「予算の有無」「決裁権の範囲」「面談者の役割」「決済フロー」「初期の課題認識」「UPWARDの活用シナリオ」の各項目を、プルダウンかチェックボックスから選択すればSalesforce Chatterに自動的に配信できるようにした。次にそのデータを「訪問回数」「顧客プロファイル」「案件内容」「所要時間」のログ情報と掛け合わせて分析できるようにした。
柴田氏はその分析結果から得たふたつの気づきを紹介した。ひとつは「ターゲットペルソナは初回訪問で進展しやすい」こと。もうひとつは「ターゲットペルソナはクロージングまでの訪問件数が少ない」ことだ。また、業種によってはキーパーソンの役職レベルが異なることもわかった。それまでは役職レベルが高ければ高いほどいいと考えていたが、意思決定の早いスタートアップとの商談が増えるなか、情報通信業の場合はキーパーソンの役職レベルが一般社員でも商談の進展が早いことが見えてきた。
さらに柴田氏は、「『誰に?』がはっきりすると売上につながりやすいことがわかった」と話す。これまではマーケティングはリードばかり、インサイドセールスはリードと自分の持っているコールスクリプトで電話をかけることばかりに追われ、商談化につながるフィードバックができていなかった。しかし、2種類のデータを分析できるようになった結果、この情報を定量的に戻すことができるようになり、プロセス全体に良い循環が生まれたことを実感しているという。
UPWARDの場合、パイプライン管理を実践しており、どの段階で案件がどれだけ必要かを把握することはできていたが、活動管理が加わることで、成約までに何回訪問するべきかを提示できるようになった。営業は毎月の目標を達成するために目の前の案件ばかりを追う傾向がある。意識が変わり、訪問計画を主体的に実行できるようになったことを、柴田氏は「私たちの求めていた『勝ちパターン』につながった」と評する。
活動管理を行うようになり、得られた効果は3つあるという。まず、営業からインサイドセールス、マーケティングへのリアルな情報のフィードバックできるようになった。次に、分業から協業に仕組みを進化させることができた。どの会社のどんな人にニーズがあるか。キーパーソンの名前を示し、営業がインサイドセールスやマーケティングとともに「このお客様を狙いたい」という話ができるようになった。協業が発展した結果、ABMプロジェクトが本格的に活動を開始したという。最後に、営業の意識が変化したことだ。以前は案件金額の数字だけを追いかけていたが、訪問件数を意識するようになったことで、自らが行動計画を立てられるようになり、意識が変わったと柴田氏は喜ぶ。
自社だけに役立つものではない「活動管理」
これまでの1年間の取り組みを振り返り、柴田氏は活動管理について「これまで蓄積してきたさまざまな実績データから導き出した仮説を真実にすることだと思う」と総括した。同社の取り組み内容を見ると、活動管理が「営業日報」や「さぼらずにやっていることのアリバイづくり」ではないことがわかる。
UPWARDを活用した活動管理は同社だけのものではない。たとえばモバイル決済サービスを提供するPayPayは加盟店開拓のために、UPWARDを活用している。ある担当者が一度訪問して断られた店舗に別の担当者がもう一度訪問しないよう、地図上で記録を残すようにしている。また、訪問記録を蓄積することで、ターゲット店舗のお客様に会いやすい時間帯がわかるようになったという。
また、衛生消費財メーカーのマーケティングキャンペーンと連動した活用例もある。この企業ではルートセールスにおけるチラシのA/BテストでUPWARDを活用しているという。同じ商品に対して「いま購入するとお得」というセールのチラシがひとつに加え、「いまやらなくて大丈夫?」というニーズ喚起のチラシをつくり、どちらがより評価されたかを検証した。いままではセールの施策ばかりをやってきたが、もしニーズ喚起の施策がより効果的とわかれば打ち手も変わるであろう。
柴田氏は「活動管理のようなSales Techを活用すれば、現場起点のリアルな情報を定量化して活用することで営業力を組織的に向上できる」とまとめ、講演を終えた。