本記事は『問いかけて心をつかむ 「聞く」プレゼンの技術 緊張をほぐす・共感を得る・行動してもらうために役立つスキル30』の「序章 聞くことが圧倒的に大切な理由」を抜粋したものです。掲載にあたって一部を編集しています。
なぜ今「聞く」なのか?
かつて中国の思想家・老子は、「虚の中にのみ、物事の本質は存在する」と言いました。
老子はそのことを「水差し」の教えで例えています(図序-1)。
水差しの役に立つ部分は、湯を注ぎ込むための虚の部分、すなわち空洞にある。空洞があることで水の自在な出入りが可能となり、水差しとしての本質、すなわち液体を器に注ぎ入れることができる。もし、水差しの中の虚、空洞を埋めてしまったら外見は同じ水差しの形であったとしても、もはや水差しとしては機能しなくなってしまいます。
また、かつて日本人は、三日月や欠けた月に「そこはかとない美しさ」を見いだしました。そこには水差しの虚にも通ずる、未完であることで完成に向けて無限の可能性が開かれていくことを希求する、いにしえの人たちのまなざしが存在していたのではないかと思います。
翻って、私たちのプレゼンを振り返ると、リアルでもオンラインでも限られた時間に大量の情報を間断なく詰め込み、話し手が聞き手に伝えたいことを完全かつ一方的に伝えようとしてはいないでしょうか? 虚のないプレゼンになってしまっているのではないでしょうか?
話し手自身の中に虚を持てれば、聞き手との相互作用(インタラクション)が自然に生まれ、その中で話し手にとっても聞き手にとっても期待や想定を超えた何か新しい本質が生まれるような豊かなプレゼンテーションとなる可能性があります。
自分の中に虚を持つとは、自分という水差しの一部を空にして、相手や場に真摯に耳を傾け、情報という水が自在に流れるようにすることです。
そして、自分の中に虚を持って臨む「聞く」プレゼンは、新しい情報、知識、知恵を取り入れることで、相手とともに自分が変わっていくプロセスに他ならないのです。
プレゼンで大切なのは「for you」の視点
プレゼンテーション(Presentation)の語源は贈り物の“present”から来ています。果たして、あなたのプレゼンは相手が贈られて嬉しい価値を届けているのでしょうか。
自分が言いたいことを一方的に伝えるのではなく、「for you」の精神を持って、「相手」や「場」の欲求やニーズ、問題意識を聞き、それらを踏まえて自分が伝えたいメッセージを贈ることは、大変効果的です。例えば次のようなシーンが想定されます。
- チームメンバーに、新しい働き方を提案するとき
- 顧客に、自社製品やサービスの営業をするとき
- 投資家に、プロジェクト成功に向けた出資を募るとき
- 生徒に、興味と好奇心を促す授業をするとき
- 住民に、課題解決に向けたボランティアの協力を依頼するとき
こうした、あらゆるシーンでその成功のカギを握るのは、働きかける相手や場の欲求やニーズを把握した上でプレゼンできるかどうかです。
自分が言いたいことを言うのではなく、相手が贈られて嬉しい価値を届ける「for you」の精神がそのプレゼンに宿っているかが大事であり、それを体現するには「聞く」ことから始める必要があるのです。
「聞く」プレゼンの技術は3つの要素で捉える
「聞く」プレゼンの技術は、柔術や合気道に例えることができます。
柔術や合気道の極意は、自分から力んで働きかけずに、相手の力(エネルギー)を利用して技をかけることが勝利の極意となっています。
図序-2に「聞く」プレゼンにおける自分・相手・場の関係性のイメージを示します。
「聞く」プレゼンの技術とは、「自分が言いたいこと」を一方的に伝えるのではなく「相手が何を聞きたいか」や「場が何を聞きたいか」を伝わる力に変える術を指します。
「聞く」プレゼンの技術は、自分に聞く、相手に聞く、場に聞くの3つの要素で捉えることができます。
自分に聞く
1つ目の要素は、伝えようとする前に一度立ち止まって、自分自身に聞くこと。自分に聞くとは、自分が本当に伝えたいことを明らかにすることを指します。
ここで改めて、読者の皆さんに質問です。
自分が本当に伝えたいことを伝えることができていますか?
自社の商品やサービスについて、すでに準備されたマニュアルや優れた誰かのテクニックを真似て、プレゼンをしたりしていないでしょうか。かつての私はそうでした。
研修講師として駆け出しの頃、顧客からの指名率や人気の高い講師のかばん持ちとして同席させてもらい参加者にも許可を取って講義内容を録音し、同じ資料、同じせりふを研修で使ってみましたが、思ったほどの効果は出ませんでした。
人気講師のプレゼンでは参加者が目を輝かせて聞いているのに対し、私のプレゼンでは、みんな眠たそうな顔になっている……。圧倒的な違いは私が「借りてきた言葉」で話していたという事実です。
「借りてきた言葉」ではなく、「自分の言葉」で話すためには、自分が本当に伝えたいことを明確にすることが必要です。
自分はなぜ、その商品、サービス、テーマ、講義内容……を伝えたいのか、自分の心の奥にある「熱源」に触れることができたら、それは、「自分の言葉」として熱を帯びてきます。
たとえ伝える技術に乏しく朴訥であっても、「自分の言葉」で話す人のプレゼンには、誰もが惹かれるものです。
第1部では、自分に問いかけ、自分が本当に伝えたいことを明確にする方法や自分自身をよく聞ける状態にもっていく方法について紹介します。
相手に聞く
2つ目の要素は、プレゼンを届ける相手はどんな人なのか、何を欲しているのかを相手に聞くことです。相手に聞くとは、伝える対象となる相手が「誰」なのか、今何を欲しているのかをよく理解することを指します。
かつて私は、講師デビューのその日に忘れられない体験をしました。緊張して講義内容を忘れないように、台本を準備して丸暗記して、場に立ちました。すると、ひとりの参加者の動きが目に入りました。彼は、机の上にパソコンを取り出して、研修とは別の仕事をしています。
私は何とか彼の気をひこうと、準備した台本の中身をなるべく大きな声で伝えます。時間もストップウォッチで測りながら予定通りに進めます。メリハリも大事なので、おやつも出して休憩も促します。それでも彼の行動は変わりません。意を決して彼のところに行き、強い口調でこう言いました。
「話を聞いてください!!!」
「……」
彼は無言でキーボードの手を止め、その場でワークシートに自分の考えを無造作に記入すると、もう自分の仕事は終わったとばかりに、パソコンを広げて仕事を再開しました。それを見て、これはもう彼自身に問題があるなと諦めました。
研修終了後、彼が書いたアンケートを見て、愕然とします。たった一言だけ、力強い字でこう書かれていたのです。
「講師は、人を見ていなかった」
一瞬、そんなことを言われる筋合いはないと思いましたが、しばらくして冷静さが戻ると自分への悔いと、恥じらいがこみあげてきました。
自分は、何をやっていたのか。目の前の人を見ずに、予定されている内容をうまく伝えることのみに意識を注いでいたんだ……。
自分への不甲斐なさに押しつぶされそうになるほど、冷静かつ的確なフィードバックでした。その日から、私の中で少しずつ意識が変わっていきます。
「何」を伝えるのか、伝えるプレゼン内容や用意されたプログラム、メッセージそのものも当然大事ですが、それ以上に伝える対象となる相手が「誰」なのか。何を求めているのか。相手をよく観て、メッセージを届けることが必要であるのだと痛いほど気づかされました。
第2部では、相手に問いかけ、相手がどのような価値観や欲求を大事にしているのかを知る方法について紹介します。さらには、相手が何を解決したいのか、相手の真の目的を知るための質問についても紹介します。
場に聞く
3つ目の要素である場に聞くとは、プレゼンに集まった人々からなる場が、何を求めているのかをつかむことを指します。
プレゼンの場には自分のプレゼンに共感を示してくれる人、無反応な人、反対意見を持つ人など様々な人が集まります。
もちろん、全ての人のニーズに100%応えることはできませんが、その場にどんな声があるのか、その多様性を理解し、尊重することは重要です。
特に、自分にとって不都合な声や反応にも目を背けずに、多様性や可能性が受け入れられる場をリードすることができれば、プレゼンターとして大きな力を発揮することができるようになります。
かつての私は、反応の良い人や共感してくれる人に向かってのみプレゼンしていました。途中、質問を求められてもその質問が進行の妨げになるような内容だったり、本筋からズレていると判断すると、体よく片づけてすぐに本題に話を戻していました。
確かに決まった時間通りにきれいにプレゼンを終えることはできても、小骨がのどに刺さったままのような感覚、予定調和でその場を丸く収めてしまったことへのちょっとした罪悪感がありました。
そんなある日、とある会社でマネジメントをテーマにした研修をしているときに、ひとりの参加者が手を挙げてこう言いました。
「すいませーん。今、この研修をやる必要あるんですかね」
場が一瞬で凍りつきました。いつものパターンでその場をしのぐのであれば、
「そんなこと言わずに、決まっていることなんでやりましょうよ。もし忙しいなら、人事に相談して帰ってもらってもいいですよ」
としていたところです。その時は踏みとどまり、思い切って聞いてみたのです。
「ご意見ありがとうございます。この研修をやる必要がないのでは、とおっしゃいましたが、その意図を教えていただけますか。なるべく皆さんにとって有意義な時間にしたいので、私もその理由を知りたいのです」
すると、その参加者は、理由を話してくれました。
「今、声を上げたのは、現場が忙しいから研修を受けたくないということではなくて、このテーマと同じような内容を最近、受講したばかりで、ここにいる参加者にとって既知の内容であるからなんですよ」
その声を聞いた他の参加者たちもよくぞ言ってくれたとばかりにうんうんとうなずいています。
その一言で場全体が、このマネジメント研修を「今、やる必要がないという懐疑的な雰囲気」一色に染まりました……。
「よく分かりました。ただ、知っていることと、実践できることは必ずしもイコールではないと思います。皆さんがマネジメントを現場でより良く実践できるようになるために、他に知りたいこと、困っていることがあれば何でも教えていただけますか。今から20分、時間をとるのでグループで話し合ってから教えてください」
そう言ってグループ(場)に「ボール」を預けた後、参加者の希望を聞きました。出てきた意見は大きく3つに分類できたので、こちらが用意してきた研修内容のみを伝えるのではなく、彼らの3つの問題意識と紐づけて、具体的に踏み込んで解説をしたのです。
すると、どうでしょう。もともと用意してきた内容やスライドは変更していませんが、彼らの求めている具体的なニーズと紐づけて解説しただけで、全員が前のめりに聞くようになり、場の雰囲気が一変したのです。
その後のアンケートには、グループで対話することで現場の課題意識が共有でき、そこに紐づいた生きた学びが提供され、これまでに受講したどの研修よりも気づきのある場だった、という感想が書かれていました。
第3部では、個人の集合体、関係性からなる場において、どんな声や反応、雰囲気があるのかをしっかりと聞き取り、それをプレゼンの推進力に変える方法を紹介します。
以上、「聞く」プレゼンの技術の全体像として、自分に聞く、相手に聞く、場に聞くと3つの要素を紹介してきました。
自分が伝えたいことを一方的に話す呪縛から解き放たれたとき、あなたのプレゼンテーションはこれまでとは比較にならないほど、格段に豊かなものへと進化を遂げていることでしょう。
ぜひ、その変化、進化を心から楽しんでください。