「私の力不足ですみません……」で終結させない
我々は日常のビジネスシーンにおいて、さまざまなリスク想定をしながら施策を進めています。『シナリオ・プランニング 未来を描き、創造する』(W.ウェイド/英治出版)では、「未来がどうなるかを当てようとするのをやめて未来がどうなりうるかを理解するために力を注ぐこと」の重要性が語られていますが、常に目の前の成果を求められるビジネスにおいて、未来に向けたメカニズムを考えることは容易ではありません。
筆者はコンサルタントとして、多くの企業の企画設計に携わってきました。ひとつの施策を実行するにも多くの外部影響があり、すべてを事前に想定して対応することは不可能です。実行した施策が、想定外の結果に終わることももちろんあります。しかしながら、施策と結果との間にある変数(要因)を棚卸し、仮説を立てておくことと、想定外の事象が起きた後に何が影響したのかを分析し、仮説をブラッシュアップすることが重要ではないかと考えています。
他方で、期待した成果が得られなかった際に、その原因を担当者の能力問題に帰結させてしまう場面にも遭遇します。「私の力不足ですみません……」というような発言で議論が終結してしまうケースです。実際、筆者は企業の教育にも携わる中で、スキルや知識の充足によって施策の改善が可能であることを実感してきました。その一方で、卓越した能力や労働の質量に関して、「過度な負担」を強いられなければ成立しないケースにおいては、業務の構造、言わば「システム」のどこかに不備があると考えるべきでしょう。
周辺環境を捉え、根本的な解決策を探索する
そこで役立つのが「システム思考」です。分析対象を複数の構成要素からなるシステムとして捉え、各要素がどのように相互に影響を与え合いながら、全体としてどのような機能を果たすのかを考えるアプローチ(参照:『[実践]システム・シンキング』 (湊宣明/講談社)です。
その特徴は、人を責めず、そのような状況に陥ってしまう周辺環境(システム)に視野を広げ、根本的な解決策を探索することにあります。システム思考を有名にしたのは、1970年に世界中の有識者が集まって設立されたローマクラブの報告だと言われています。地球の生態系を人口、天然資源、環境汚染、経済、食料のシステムでモデル化し(図1)、再生する速度以上のペースで地球上の資源を人間が消費し続けると、世界経済の崩壊と急激な人口減少が2030年までに発生する可能性があると推定しました。地球の成長の限界は当時の世界各国に衝撃を与えました。
システム思考は我々の身近な課題解決にも役立っています。たとえば、ビッグデータの分析から、ある国道沿いの交差点で急ブレーキをかける事象が多発していることが判明し、改善のための要因分析が行われました。結果、植栽帯があり見通しが悪いという「構造」が歩行者を意識した行動ができないというドライバーの「振る舞い」を助長し、急ブレーキが多くなるという「結果」を生み出しているとの結論に至りました。
そこで、植栽帯の剪定作業をしたところ、急ブレーキが7割も減少したのです。もちろん、見通しの悪い場所を通過するとき、ドライバーがより注意深く運転をすべきという考え方もあります。しかしながら、人の能力や姿勢に依存したアプローチには限界があり、根本的な解決につながらないケースもあります。システム思考はこのように事象が発生する構造(システム)を捉えて、解決策を検討する考え方です。