「理想の営業像」は現場と合致しているか?
営業部門の人材育成には、階層別研修やOJT、外部研修など、これまでもいくつかの「型」があった。しかし従来の方法は、将来的に活きることがあっても、営業スキルや売上に直結しないと指摘されていた。実際に、OJTの現場では「上司の育成力への依存」、外部研修においては「自社に即した応用が難しい」などの課題が顕在化しつつあった。
こうした頻出課題を解消し、営業現場の実態に即した人材育成を行うことが、セールスフォース・ドットコムのセールス・イネーブルメントの特徴だ。具体的には、次の図のように「自社の営業のあるべき姿」を研究して定義づけを行い、そのうえで必要な能力を整理して育成プログラムを作成しているという。
「どのフェーズでどのようなスキルや能力が必要か」を言語化し、それに合致する育成プログラムを作成しているセールスフォース・ドットコム。育成プログラムを一覧できる形で管理することのメリットは「どのフェーズで行き詰まっているのか、を把握することが可能になる点にある」と語られた。つまずく要因が「スキル」「知識」「ツール」のどれに該当するのかを数字(KPI)に基づいて発見できるようになるため、「〇〇さんはなんだか準備が苦手そうだよね」と感覚的な評価に終始することを防ぐのだという。
「トップセールスとマネージャーの間で『理想の営業像』にズレが生じている課題をよく耳にします。しかし、研究と定義づけのプロセスをきちんと踏むことで、そうした状況を未然に防ぐことができます」(安田氏)
また、安田氏は一度作成した育成プログラムを常に見直し、改善サイクルを回し続けることの重要性もあらためて強調。同社では四半期から1年に1回のアップデートが継続されていることを明かしたうえで、過去に作成した育成プログラムを長年使い続ける企業に警鐘を鳴らした。
MAをイネーブルメントツールとして活用
その後はセールス・イネーブルメントにまつわる数字を実際に育成プログラムに落とし込むうえで欠かせない「イネーブルメント・テック」の話題に。同社では、営業のプロセスと結果を管理するCRM/SFA、人材開発の結果を示すイネーブルメントデータ、そして配信した情報の閲覧結果を捕捉するMAを人材育成に活用しているのだという。
通常、MAは見込み客などを対象としたデータマーケティングに活用されるケースが多いが、セールスフォース・ドットコムは社内向けに応用しているそうだ。MAの特性を利用することにより、入社以降トレーニングの進捗に応じて、さまざまなメールを適切な順番とタイミングで社員に展開し、1人ひとりに対してきめ細かい育成のフォローアップを行うことができる。とくにコロナ禍以降のリモートワーク環境下では、入社後も新しいチームメンバーに会えない状況が続くため、先回りのケアが非常に有効である点が強調された。
「学習」と「成果」の相関性を可視化せよ
多くのインプットが求められるオンボーディング期間に、いつでもどこでも自分自身で振り返りを行うことができる環境を提供するのが、同社のツール「Trailhead」だ。トレーニングコンテンツの集約やパーソナライズされたトレーニングコースの作成、やる気を継続させる評価・表彰の仕組み、学習状況とその効果の可視化など、多様な機能が特徴として挙げられた。
学習効果が成果につながっているかを人材育成におけるゴールとして捉える必要があるが、「弊社のBIツールTableauが営業活動に関連するさまざまなデータを分析し、学びと成果の相関性を可視化するため、人材育成部門自体が常に進化できるようになる」と安田氏は説明する。
次の折れ線グラフは、入社後のパフォーマンスの推移を可視化したもの。青い線はハイパフォーマーの推移、黄色はローパフォーマーの推移を示している。このガイドによって、新たに入社した社員が辿るべきオンボーディングのプロセスを視覚的に把握することができる。
学び、つながる環境への投資を怠らない
セッションの中盤では「理想のオンボーディング」の話題に。最適なオンボーディングを実現するうえでは、会社が蓄積したノウハウの適切な提供を実現にする体制とツールの整備が求められる。そうしたニーズに応えるツールとして学習プラットフォーム「Learningforce」が紹介された。エグゼクティブからのメッセージや社内専門家によるレクチャー、営業マネージャーのデモ実演、大型商談を受注した営業の生きたノウハウなど、300以上のコンテンツが集まる同サービス。YouTubeのようにコメントやレーティングの機能も備えられているという。
また、安田氏は同社内で独自に構築した「タレントペディア」――リモート環境下でも社員同士のつながりを創出するプラットフォームを紹介。いわば社員名鑑のような役割を果たしている同ツールでは、在籍する社員のページにアクセスすると、組織の中で「どのような領域で活躍しているか」「何のスペシャリストなのか」などの情報を知ることができる。
オンライン環境下でのオンボーディングの大きな課題として指摘されている「社内コミュニケーションの希薄化」に対するアプローチとして、セールスフォース・ドットコムでは入社時期に関わらず「社員同士がつながりやすい環境づくり」に注力している様子が語られた。人材育成においては、こうした「学びやすい」「つながりやすい」環境づくりへの投資は欠かせないと強調したうえで、安田氏は次のように続ける。
「社員という個人カルテを中心に、パフォーマンスやアンケート結果、本人からのフィードバックなど、360度のあらゆる情報が紐づけられていることがポイントになるでしょう」(安田氏)
カルチャー×テクノロジー×データが鍵
終盤では、セッションの内容を振り返りながらも「世の中の変化によって活躍する人材が高度化し、人材育成が難しくなってきているのも事実です。SNSの普及による透明性へのニーズの高まりや、情報を得やすくなったことによる『理解したつもり現象』などは、本質的な人材育成を難しくしている要因のひとつでしょう」と述べた安田氏。自身の専門領域であるセールス・イネーブルメントの取り組みを通じて手繰り寄せた「とくに成果を出せる人材に共通する4つの資質」を説明した
- あらゆる物事に対して常に自分の考え・スタンスがある――予測型の学習を実行し、問題意識を持ちながら生きている人
- インプットを定着化させる自身のアウトプット法がある――発言をする、書く、人に教えるなど、学んだことをなんらかのかたちですぐに発信する
- 素直に周囲の意見に耳を傾ける姿勢がある――改善をやめない
- 基本的に機嫌が良く、周囲を明るく前向きにできる――たまたまではなく、このような雰囲気は本人がつくっている
これからの時代で活躍するには「何をどれだけ学ぶか」ではなく「どのように学び、どのように活かすか」が鍵となる、と冒頭の言葉を繰り返した安田氏。セールス・イネーブルメントとは「学び方」を支援するものであるということ、そして「学びを成果につなげる仕組み」「仕組みづくりを支えるテクノロジー」「社員を見守る会社の体制」などを整備する必要がある旨を力強く語った。
安田氏は、「これからもセールス・イネーブルメントの立場から、学びやすいカルチャー・データの活用・テクノロジーの活用の掛け算によって、いっそうの成長を支援していきたい」と展望を述べ、セッションを締めくくった。