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メンバーと「公私のバランス」「最高の仕事」を追求する――アドビ礒貝さんの営業マネジメント論

2021/04/06 07:00

 1人ひとりの働き方は、各々のライフステージや価値観の変化に合わせて枝分かれしていく。アドビでデジタルラーニング部門に在籍する礒貝美希さんも、新卒時から5つの会社を経て、私生活の変化に合わせながら自身のキャリアをしなやかに紡いできた。その途上ではほかの職種に憧れを抱いたり、働き方に疑問を持ったり、紆余曲折しながらも常にモチベーションを高めて「働く」を考え続けてきたという。現在は鎌倉でふたりの子どもを育てる母親であり、アドビでマネージャーとして働く礒貝さんの「営業職のあたらしい働き方」についてうかがった。

目標数値を毎朝チームミーティングで即答していた新卒時代

――現職に至るまでのキャリアをお聞かせください。

新卒では、東京の大手英会話スクールに営業職として入社しました。理由はいたってシンプルで、さまざまなバックグラウンドを持つ人が集まる「都会」で、英語を活かせる仕事をしたかったから。それまでは北海道の石狩で生まれ育ち、小中高とバレーボールに打ち込み大学も道内で進学、と似た価値観の中で育ってきたんです。それが、大学3年時にアメリカへ留学し、2ヵ月間の夏休みで経験したアメリカ・ヨーロッパへのバックパッカー旅行を通して、多様性のある場で働きたい、と強く思うようになったのがきっかけです。

アドビ カスタマーソリューションズ統括本部 デジタルラーニング部門 マネージャー 礒貝美希さん

新卒入社した会社はとにかく厳しいことで有名で、250人いた同期も、日を追うごとにどんどん人数が減っていきました(笑)。私自身も、あまりのつらさに数えきれないくらい弱音を吐いてしまいましたが、それでも、まずは3年間全力で頑張ってみようと必死でした。今振り返れば、そこで営業としての基礎をみっちりと叩き込まれたように思いますね。

その後はベンチャー企業に転職してイベント企画や営業などを経験し、3社めは映像制作会社で企画営業職に従事しました。業務を通じて広報の仕事に興味を持つようになり、4社めではアドテクノロジー系のベンチャーに入社し未経験から広報を経験しました。その後、知人の紹介をきっかけにアドビに興味を持ち、2015年1月に製品トレーニングサービスの営業職として入社しました。7ヵ月ずつ、計2回の産休を経て2019年4月に復職し、同年10月にチームマネージャーに昇進して現在に至ります。

――1社めの「厳しい」会社で営業職の基礎を叩き込まれたとのことですが、具体的にはどのような学びがあったのでしょうか。

極めてシンプルな営業のセオリーやメソッド、そして心構えを徹底的に叩き込まれました。「年間目標に対しての四半期目標と月間目標」、そしてそれを達成するために掲げる「今週・今日の目標」と、そのための「タスク」と「アクションプラン」「チーム目標」や「個人目標」「目標に対する見込み額」「不足分を補う方策」など……。これらを毎朝のチームミーティングで即答できないと、チームリーダーに叱られていました。心身ともに非常に大変でしたが、この厳しさのおかげで、朝起きた瞬間に営業周りの数字が頭をよぎり、「まだ○円足りないし、そのためにはこれをしなきゃ」と、スイッチが入るようになりました。常に数字を意識している分、計算にも強くなりましたね。

とはいえ、数字に追われながら、「同じものを売り続けるより、お客様とのやり取りを通して、よりよいサービスを『企画・開発して』提供したい」と思うようになり、2社め、3社めでは、ウェブサイトやイベントなどの制作・プロモーション企画職へキャリアの舵を切りました。ありがたいことに、仕事は非常に楽しくやりがいがあり、連日深夜にタクシーで帰宅し、土日も出勤する、という仕事漬けの日々を過ごしていました。

――その後、広報職に転職したのち、再び営業職に戻られています。なぜ営業職としてのキャリアを再度選択したのでしょうか。

30歳を目前にして「結婚」や「子育て」を意識するようになり、「この働き方を続けられるのか」と不安がよぎるようになったことをきっかけに、さまざまな人の仕事が目に入るようになりました。そんな中、クライアントであったメーカーの広報宣伝部の方々と接する中で、「宣伝やマーケティングの専門性を磨くことができれば、主体的に仕事を進められるし、結婚して子どもができても仕事を続けられるのではないか」と考え、転職を決意しました。転職先はベンチャーで、かつ、広報経験者が誰ひとりいない状況であったため、プレスリリースの作成やイベント企画、新卒採用や企業スローガンの策定プロジェクトなど、見よう見まねでさまざまなプロジェクトに取り組んでいきましたね。

ただ、そうしたタイミングで東日本大震災が起こり、その後、営業職への職種転換の打診がありました。最初は戸惑いましたが、広報周りの仕事に取り組みながらも、「自分には、営業職のほうが肌に合っているかもしれない」と密かに感じ始めているタイミングでもあったため、営業としての再スタートを決意しました。実際に動き始めてみたら、営業時代の数字の感覚がすぐに蘇ってきたことを覚えています。


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