「データ化のコストを最小限に」
Salesforceパートナーが挑む営業DXの壁
──両社は「SalesforceのAppExchange(ISV)パートナー」という共通点があります。Salesforceのパートナーとして活動するに至った背景を教えてください。
冨田(マッシュマトリックス) 前職のセールスフォース・ドットコム(現セールスフォース・ジャパン)ではパートナー支援や開発支援に携わっており、その中で、共通の不安や壁を感じているお客様が多いと感じていました。その課題を解決したいという思いと、エンジニアというバックグラウンドから生じた「テクノロジーで何かできないか」という発想を起点に、Salesforceパートナーとしてマッシュマトリックスを創業しました。8年前にExcelライクなUIでSalesforceのデータを閲覧・編集できる「Mashmatrix Sheet(マッシュマトリックスシート)」を発表して以来、着実に成長を続けています。
會田(RevComm) 当社は音声解析AI「MiiTel(ミーテル)」を提供しています。「MiiTel Phone」というクラウドIP電話から始まり、現在はウェブ会議やARグラスにも領域を広げ、対面も含めたあらゆる音声コミュニケーションをカバーする商品群を展開しています。MiiTelが解決するのは、「コミュニケーションのブラックボックス化」という問題。商談で話した内容を人工知能で解析・可視化してコミュニケーションを最適化し、営業生産性の向上を目指しています。
そうした中、Salesforceのパートナーとして活動を開始したのは「CRMは営業活動の起点かつ終点」と言えるからです。顧客情報なしに営業活動は成り立ちませんが、顧客情報をもとに電話でアプローチするにせよ、商談内容を顧客情報としてインプットするにせよ、CRMを用いてそれらのデータを管理しますよね。中でもSalesforceは、CRM業界の中でいちばんのシェアを獲得しており、またツール以外にも、ユーザーコミュニティを通した学びの環境が用意されている点に好感を持ち、パートナーとして活動するに至りました。
──顧客情報というキーワードをいただきました。いまだ多くの企業が営業DXを実現できない要因のひとつに、顧客情報の全容把握が難しいことが挙げられます。おふたりから見て、現在の日本企業が直面している“営業DXの課題”とはどのようなものでしょうか。
冨田 営業活動には「メールを書く」「電話をかける」「訪問する」といったさまざまな活動があります。そのすべての行動をリアルタイムで的確にデータ化することがDXにおいて重要ですが、まさにこの点が、営業DXの足かせになっていることが多いです。というのも、顧客との折衝やコミュニケーションに注力すると、どうしてもCRMへの入力はサブタスク化してしまい、時間をかけられなくなってしまうのです。
冨田 反対にデータ化を優先すると、今度は営業活動においてもっとも大切な顧客接点の時間がとれなくなってしまいます。それでは本末転倒ですから、まずはデータ化のコストを最小限にすることが、営業DXの第一歩になるはずだと考えています。Salesforce自体のUXももちろん進化していますが、まだ少し難しい部分もあります。そのような背景から当社は、日本の営業組織が使い慣れており、活用の負担の少ないExcelライクなインターフェイスとして「Mashmatrix Sheet」を提供しているわけです。
“目的なきDX”は成果を生まない
押さえておくべき3つの課題
會田 主な課題は3つあります。「目的意識」「全体感の把握」そして「ゴールから逆算したデータの持ち方」です。本来DXは、経営戦略からあるべき姿を導き出したのち、オペレーションの設計やデータの取得といったデジタルの活用に落とし込んでいくべきです。しかし昨今はDXという言葉が独り歩きして、“目的なきDX”が横行している。DXは何よりも先に、目的を明らかにすることが必要です。
ふたつめの「全体観の把握」とは、経営層が自社のデータの構造を把握するべきだということです。今はAIの利活用を避けては通れませんが、そこで欠かせないのが「データの取得」。企業には大きく分けて「テキスト・画像・音声」という3種類のデータが存在します。中でも音声は、パーソナリティやニュアンス、緊急度といった貴重な要素を含んでいるにもかかわらず、多くの企業でビッグデータ化が進んでいません。自社にどんなデータがあり、それらが活用できる状態になっているのか、把握する必要があります。
しかし、自社が持っているファイルをただデータ化すれば良いのかと言うと、そうではありません。データサイエンスの世界では「GIGO」(Garbage In, Garbage Out)という言葉があるように、使えないデータからは使えない結果が生まれてしまいます。そこで3つめの「ゴールから逆算したデータの持ち方」が重要になってくるのです。
パートナーによる“共創”が、
顧客の体験価値をさらに高めていく
──テキストや画像、音声といった情報を企業の資産としてデータ化するという点で、両社は共通項があると思いました。ツール面でも「Mashmatrix Sheet」と「MiiTel for Salesforce」双方の機能を組み合わせることで新たな価値を提供されていますね。
冨田 実は今回の連携の背景には、共通の顧客であるWOW WORKS様の取り組みがあります。同社のインサイドセールス組織でMashmatrix SheetとMiiTelを組み合わせて活用している話をうかがい「我々の連携にはニーズがあるのではないか」と判断し、RevCommさんにご連絡しました。
DXの一歩めである“データの蓄積”がある程度できるようになると、自然と「業務の効率化」にフォーカスが移りますが、この“活用フェーズ”のコストも軽減するのが今のチャレンジと捉えています。Mashmatrix Sheet単体としても、条件の絞り込みや活動ログの閲覧が可能であるなど、インサイドセールスの方が使いやすい画面が設計されています。
冨田 それに加えてMiiTelと連携することで、Mashmatrix Sheetの画面からMiiTelを起動してそのまま架電し、その履歴を直接Salesforceへ記録できるようになりました。複数のツールの良い面を活かし、顧客へシームレスな体験を提供しながら業務を最適化するパターンを構築できたのは、大きな成果ですね。
會田 WOW WORKS様の事例は当社も把握していました。当社はカスタマーサクセスにとても力を入れているのですが、WOW WORKS様からこの活用事例を聞いた担当者が社内で共有したのです。それにアライアンス担当が反応し、より具体の話へ進化していきました。
当社はさまざまなツールと連携してカスタマーバリューを向上する“オープン戦略”をとっています。その中でも、マッシュマトリックスさんとの連携は相性が良かったです。というのも、MiiTelが支援する営業のボイスコミュニケーションの前後には、ビフォアワーク/アフターワークが生じます。カスタマー情報を調べたり、商談内容を報告したりといったタスクですね。分断されていたこれらの業務が、Mashmatrix SheetとMiiTelの連携によりシームレスになりました。今後はトークスクリプトの自動作成や最適なアプローチのサジェスチョンなど、顧客の体験価値をさらに高めていくことができると思っております。
我々が提供する価値の本質は、短期的な業務削減や効率化ではなく、「音声(会話)をビッグデータとしてアセット化する」という、より中長期的なものです。Mashmatrix Sheetとの連携は、「いかに顧客にデータを活用してもらうか」という観点で、とても意味のあるものでした。
“20年の遅れ”はむしろチャンス
データの収集・蓄積をゼロから始める
──システム連携が新たな価値を創出することを踏まえ、企業の営業DX推進者は、今後どのような基準・プロセスでシステムを選定していくべきでしょうか。
冨田 まず、DXにおける課題をきちんと洗い出すことが重要です。たとえば当社がコンサルティングをする中では、顧客情報の入力にボトルネックを抱えている企業に多く出会いました。その課題を解消するために施策で十分対応できる場合もあれば、ツールの導入が強力な手段になることもあります。いきなり大きな枠組みでビッグバン的なDXを目指すのではなく、まずは業務改善の一環として一歩一歩積み重ねていくプロセスが重要ではないでしょうか。
會田 データが極めて貴重な資源になっている中で、「本当にそのベンダーにデータを預けて良いのか」という観点で、セキュリティの安全性を確認することも重要です。大企業がツールの利用を制限していることは一見時代遅れに思えるかもしれませんが、実はセキュリティが怪しいツールは世の中にたくさんあります。守らなければいけないのは、自社のデータだけではなく顧客や従業員の情報です。DX担当者は、こうしたデータの取り扱いの安全性をどう担保するかという視点を持つべきだと思います。ベンダーを選ぶときには、必ずセキュリティについて質問することをお勧めします。
──最後に、自社の営業DXに課題を抱える営業リーダーへ向けて、メッセージをお願いします。
冨田 これまでデジタルに馴染みがなかった業界では、DXの道のりを遠く感じてしまうかもしれません。しかしそこでベンダー任せにしてしまうと、成功確率を下げることになります。まずは自分たちで課題を把握することが重要です。そして、それを解決するためのツールや環境としては、Salesforceをはじめさまざまな選択肢があります。それらのツールをどう組み合わせるかは専門的な知見も必要になるので、そこでコンサルティングやITベンダーの力を借りていくのが良いのではないでしょうか。
會田 生成AIの登場でテクノロジーの進化はますます加速しており、人間がやらなくて良い領域はデジタルに置き換わっていきます。そのような時代の中、我々はどのようにテクノロジーを組み合わせて顧客の体験価値を上げていくのか、中長期的な観点で考えなければなりません。自社のツールがどのような価値を提供できるか、どうすればそれを最大化できるか、今後も問い続けていきます。
また、DXでは自社のデータを“どのように集めるか”がとても大事です。ただデータを集積するだけでは意味がありません。そんな中、日本のDXが10~20年遅れているということは、むしろチャンスかもしれない。なぜなら、すでに積み重なったデータアーキテクチャを変えるのは困難ですが、何もない更地でゼロから考えることは容易にできるからです。社会構造が変化する中で、まさに今がDXのチャンス。データの収集・蓄積という第一歩から、今すぐやるべきだと思います。
──おふたりとも、本日はありがとうございました!