なぜ今、ナレッジマネジメントの重要性が高まっているのか?
丸山(NTTコミュニケーションズ) 新型コロナウイルス感染拡大の影響でリモートワークが普及し、各企業でデジタル活用が進んでいます。これによりナレッジが蓄積されやすくなるのではないか? という期待が高まる一方で、弊社自身がナレッジマネジメントにトライした際には、3つの課題に直面しました。
ひとつは「文化の醸成」です。日本の人員の入れ替わりが少ない終身雇用文化の影響で、ナレッジが属人化する傾向にあり、人から人に伝えていく難しさを実感しました。ふたつめは「コンテンツ」。陳腐化するまでのスピードが速く、価値を維持するための仕組みづくりが非常に難しいと感じます。3つめは「ユーザビリティ」です。多くのツールが導入されていく中で、直感的な操作性や目的に合致した機能が搭載されていなければ、定着が難しいと感じています。
このような課題を踏まえて、まずは、欧米と同様に日本においてもナレッジマネジメントの重要性が高まっている理由を考えてみたいと思います。麻野さん、いかがでしょうか?
麻野(ナレッジワーク) ナレッジマネジメントに取り組むことで、「企業」と「個人」の双方にメリットがあると考えています。
まず企業にとっての効果とは、人口減少にともなって労働生産性の向上が求められる中、ナレッジマネジメントはそれを実現するものだということです。また個人にとっては、ナレッジマネジメントができている会社に所属することによって、より多くのノウハウを学ぶ機会に恵まれることはメリットでしょう。労働市場が流動化する中でも、自身の市場価値を高めることができます。
外資系戦略コンサルティングファームが非常によい例です。マッキンゼー・アンド・カンパニーでは、プロジェクトが終了する際には、情報は必ずナレッジ化されたうえで全世界に展開されます。これにより企業の総合力が高まりますし、個人としても、「マッキンゼーで仕事をすることでさまざまなナレッジを学ぶことができ、市場価値が上がる」という認知が広がります。裏を返すと、ナレッジマネジメントができていない会社は、生産性が低いだけでなく、「働く価値の低い会社」と見なされてしまう恐れがあるわけです。
ナレッジマネジメントが非常に遅れている職種のひとつがセールスです。もともと属人的になりやすい職種ではありますが、昨今、セールスにナレッジマネジメントが求められている理由は、セールスが直面している3つの大きな変化に起因しています。
ひとつは、「商品の変化」です。商品・サービスのリリースやアップデートは年々短サイクル化しています。組織がナレッジマネジメントに対応しきれていないと、変わりゆく商品・サービスのトレンドにキャッチアップできず、「売り方がわからない」状況に陥ってしまいます。
ふたつめは「時間の変化」です。働き方改革が推し進められ、労働時間を短縮する動きがあります。労働時間が制限されることにより、今までのように提案準備に時間を割くことができず、商談に苦戦する企業が散見されます。
最後は「手法の変化」です。昨今は顧客の課題を解決する「ソリューション営業」が理想とされていますが、ソリューション営業には高度な営業手法が求められるため、これまで以上にハイパフォーマーとローパフォーマーの差が開いてしまっているのが現状です。
丸山 矢野さんはいかがでしょうか。先ほどマッキンゼー・アンド・カンパニーの例が挙がりましたが、アクセンチュアもナレッジマネジメントが非常に進んでいるとお聞きしました。
矢野(アクセンチュア) おっしゃるとおりです。私は新卒でアクセンチュアに入社しましたが、自分自身にまだナレッジがないときも、社内のポータルにアクセスすれば全世界の事例をいつでも見ることができました。ナレッジマネジメントは効率化だけでなく、人材育成でも意味があることを身を持って実感しました。
営業成果を左右する7つのC 「情報」と「ナレッジ」の違いを認識する
丸山 ナレッジマネジメントの重要性が見えてきましたが、ここで、「そもそもナレッジとは何か?」を掘り下げていきたいと思います。
麻野 おっしゃるとおり、ナレッジの定義を明確にすることは非常に重要です。ただでさえナレッジマネジメントは効果が出るまでに時間がかかるのに、ナレッジの定義が曖昧なまま取り入れられてしまうと、なかなか効果が出ず優先順位が下がってしまうためです。この課題は、私のクライアント企業でも多く見受けられました。
丸山 麻野さんはナレッジをどのように定義していますか。
麻野 まず認識するべきは、「情報」と「ナレッジ」の違いです。「情報」が成果を出すために取捨選択、加工編集、そして活用支援されることでようやく「ナレッジ」になる、という意識を前提として持っておくとよいでしょう。
次の図が示すのは、弊社が営業活動に関する情報をナレッジ化するプロセスで使用している「7つのC」という考え方です。創業以来さまざまな情報を分析し、セールスの成果はこの「7つのC」の完成度合いで決まってくることを導き出しました。裏を返せば、ポイントごとにナレッジを整理し「完成度合いが高い人は何をしているんだろう?」という点を具体的に見ていけばよいわけです。
こうして整理されたナレッジを皆が活用することによって、セールス組織全体の成果につながります。そして、情報と成果がうまく結びついていれば、自然と経営の中でナレッジマネジメントのプライオリティも上がるはずです。
丸山 「ただ情報を集めても成果につながらない」というのは耳が痛い話ですね。
矢野 たしかに、誰が「何のために使うのか」という目的意識がないと「とりあえず集めたけど、これって何の情報だっけ?」と混乱を招きます。とくに従来のセールスはひとりでお客さまを訪問し、結果だけをチームに報告することが普通であったため、商談の内容がブラックボックス化しがちだったと思います。オンライン商談が当たり前になることで、今まで見えていなかった情報が可視化され、ナレッジの重要性も見直されるきっかけになるのではないでしょうか。
麻野 本当にそう思います。とくに商談の録画ができるようになったのは大きいですよね。私が支援しているとある企業でも、セールスの成果を出している人とそうでない人の商談で、話している内容がまったく異なっていたことがありました。それまで成果を出せていなかった人は「フィールドセールスの成果はインサイドセールスからもらうアポの質によって決まる」と話していたのですが、実際はそうではないことがわかったんです。
中でも大きな違いを感じたのが、ヒアリングの方法です。たとえば成果を出せていない人は、商談相手に「何か課題はありませんか?」とそのまま質問を投げかけるのに対して、成果を出している人は「この業界ではこうした課題を抱えている企業が多いですが、御社はいかがですか?」という聞き方をして、課題の解決事例を紹介していました。
このプロセスをナレッジに落とし込んだことで、業界ごとの主要課題をマッピングしたり、業界ごとの事例を課題・導入理由・効果をセットにして1枚のシートで見られるようにしたりするなどの施策につなげ、劇的に効果が現れたそうです。
運用の鍵を握るのは集約性・更新性・利便性
麻野 日本企業にもCRMやSFAの普及が進んでいますが、まだまだデータを活用しきれていないと思っています。データに基づいた業績予測やフェーズの管理はできていても、「どうすれば、今いるフェーズから前に進めるようになるか」は、まだ完全には科学できていないんです。
課題設定や価値合意などの各フェーズごとに、「役に立つ資料はこれ」「活用できるノウハウはこれ」などとデータ・ナレッジを結びつける。その後、そうして得られた成果をデータ化し、さらなるナレッジの改善につなげていくサイクルが理想ですが、実践できている企業はそう多くありません。
丸山 CRMやSFAは、使う目的を理解していないがために現場でのデータ入力が進まないという悩みもよく聞きますね。「ナレッジマネジメントをどのように維持していくか」もお聞きしたいです。
麻野 ナレッジマネジメントの意義を理解しているにもかかわらず、運用のフェーズで頓挫する理由は大きく3つに整理できると思っています。
ひとつめは「集約性」です。ナレッジがバラバラに管理されてしまっているケースは散見されますが、実はクラウドの普及でだいぶ改善され始めていると感じます。
ふたつめは「更新性」です。せっかくデータを集めても、どれが最新のものかわからなかったり、受注したばかりの「ホットな提案書」が共有されていなかったりするのはもったいないですし、大きな損失です。
3つめは「利便性」です。クラウドやチャットツールの普及で情報共有はだいぶ便利になったものの、「フォルダの分け方が最適化されておらず、業界軸や商品軸で検索することができない」状態は非常に不便です。
ナレッジマネジメントの運用を成功させるうえでは、これら3つのポイントを意識するとともに、下支えするシステムをどのように構築していくかが重要であるように感じます。
丸山 矢野さんはいかがでしょうか。
矢野 ナレッジマネジメントのポイントは、ナレッジを「交換」できる状態にしておくことだと思っています。たとえば、提案資料もその資料だけで完結する話ではなく、「どのように説明したのか?」「どのスライドの反応がよかったのか?」が大切になってきますよね。実際に資料をつくった人・使った人に対してシームレスにコンタクトがとれる――情報を「交換」できるような利便性の高い仕組みづくりがナレッジマネジメントの成功につながると考えています。
更新性についても麻野さんと同意見です。営業スタイルそのものを見直す姿勢も重要だと思いますね。
麻野 とくにリモートワークの環境下においては、資料の作成者に対して気軽に問い合わせができる導線づくりなど、これまで以上にユーザビリティの高さが求められると思います。
セールスのナレッジは、顧客との連携ではじめて形になる
丸山 ナレッジマネジメントの運用をサポートしてくれるツールも台頭し始めています。実際に、ツールを選ぶ際のポイントはどのような点にあるとお考えでしょうか。
麻野 まず、ナレッジマネジメントのレイヤーと、セールスナレッジマネジメントのレイヤーがあると考えています。前者は、先ほど言及した「集約性」「更新性」「利便性」の観点が重要ですが、後者はそれだけでなく、セールスに特化していることが重要なポイントになるでしょう。CRMやSFAと連携ができるか、社内の既存システムと連携ができるのか、などの要素までが考慮されると、セールスにとって非常に使いやすい仕組みになると思います。
矢野 麻野さんに言いたいことを言われてしまいましたが(笑)、セールスに特化しているという観点は何よりも大事だと思います。営業のナレッジとは、営業だけで完結するものではなく、お客さまと連携することによってはじめて形になるものであるためです。お客さまとともに参照できるようなウェブページの中にナレッジを蓄積していくことも大切ですし、ドアノックや商品提案など、利用シーンに応じたナレッジを管理する仕組みも重要になってくると思います。
丸山 最後に、ナレッジマネジメントのポイントをひと言ずついただけますでしょうか。
麻野 「ワクワク感」を大切にしてほしいですね。営業にとってナレッジを共有するという行為は、大なり小なり抵抗を抱く方も少なくないと思っています。ゆえに、ボトムアップでナレッジマネジメントに取り組む際には、インセンティブなどを活用した「ワクワク感」が大事になってくると思います。
矢野 「ナレッジマネジメントは、個人で取り組むことではない」という考え方が大切です。専任の担当者をつけるなど、組織としてのサポートをいかに手厚くできるかがナレッジマネジメントの成功の鍵を握るのではないでしょうか。
丸山 ありがとうございました。「セールスDX研究所」ではナレッジマネジメントも含めて大手企業のBtoBセールスにまつわる課題を解決すべく、さまざまなテーマを取り上げていきます。
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