顧客への提供価値の再定義から改革をスタート
2016年11月に創業したストックマークは、「新価値創造」をミッションに掲げ、ビジネス意思決定を自然言語処理(テキストマイニング)とAIで企業のDXをサポートするサービスを提供しているスタートアップである。ビジネスにおけるデータのうち90%が構造化されていないテキストデータであるなか、同社はこのテキストデータを活用し、組織が生み出すイノベーションに資するための3つのプロダクトを提供している。ひとつが市場環境に関するニュースやレポートをAI収集・分析し、仮説立案をサポートする「Astarategy」、ふたつめが組織のチームメンバー1人ひとりに最適なビジネスニュースをレコメンド、チーム内のナレッジシェアにより自律自走するイノベーティブな組織への変革を支援する「Anews」、最後が社内の提案書や商談メモなどのテキストデータから顧客理解と営業活動の高度化を支援する「Asales」である。この3つで同社はBtoB企業のDXのおよび、新価値創造を支援している。
AnewsとAsalesを導入し、営業活動の変革に取り組んできたのがJTBグループの一員として、EVP(Employee Value Proposition)サービス、福利厚生サービスなどを提供するJTBベネフィットである。福利厚生サービス「えらべる倶楽部」で知られる同社は「働く人生を、アップグレードする」を経営理念に掲げ、企業の持続的成長のために必要な「従業員が働く上で感じている価値(=EVP)」の創造と、組織における1人ひとりの働く人のあるべき姿の実現に必要なソリューションを提供する「デザイン活動」のふたつを軸に企業をサポートするビジネスを展開している。
古池氏によれば、現在のJTBベネフィットの営業活動のプロセスは、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールスの3機能に分かれるが、この体制に落ち着くまでには約2年を要したと振り返る。
2018年当初は、「えらべる倶楽部」を通じて、企業ごとの事情に合わせてサービス内容をカスタマイズして提案することが顧客価値の提供と信じていた。しかし、「福利厚生屋ではない」という価値観の転換が求められたのだ。そもそもターゲットとなる人事の仕事は給与や社会保険に関する事務から、危機管理や働き方改革に至るまで多岐にわたる。福利厚生専任者は少なく、むしろ経理や総務などと兼務している担当者が大多数である。必要なサービスがほかにもあるのに、福利厚生サービスだけを提供していては、担当者のごく一部の悩みを解決することはできても、「お客様組織」の成功をサポートできない。
また、JTBベネフィットでは従業員単位で会費をもらい、毎年更新してもらうビジネスモデルを採用している。同社のサービスを使い続けていきたいと思ってもらうには、長期的な関係を構築し、顧客のありたい姿の実現をサポートする必要がある。「お客様のありたい姿を実現することがなぜ必要なのか。そのために営業がどう価値の提供を体現すればいいか、を体系的に整理し、社員に教育を行うこともやってきた」と古池氏は打ち明ける。一部には腹落ちしていない営業もいるかもしれない。しかし、「お客様が変わろうとしているのに、自分たちが変わらなければお客様から評価してもらえない」。これを重く見た同社は全社的な仕組みの整備に着手した。
営業体制に見えた課題 顧客情報の収集基盤にSales Techを導入
組織体制面でも課題に直面していた。営業の売上目標数値は年々増えているのに、営業の人員数と案件数の両方が横ばいという状況にあったのだ。これでは目標を達成できないと気がついた同社は、獲得率を高めることと案件数を増やすことの両方に注力することにした。現状把握を素早く可能にしたのは、SFAツールで営業進捗の管理と商談後のレポートを徹底して行っており、ある程度のデータが揃っていたことが大きい。
課題と認識していたことは大きくふたつ。ひとつはすべての見込み客をターゲットに営業活動をしていなかったことだ。具体的には、福利厚生サービスを導入している既存顧客に対するクロスセルやアップセルのアプローチが十分ではなかった。もうひとつは、営業活動が担当者の「感覚」に依存していたものになっていたことだ。営業人数は100人弱にも関わらず、新規のターゲット顧客は全国にいる。1人あたりの担当社数が100や200よりも多く、アプローチをどの顧客にいつ行うかはそれぞれの営業の勘に頼っていた。もっとSustainable(持続可能)な営業活動が必要と考え、解決に向けて動き出した。
最初に行ったのは、営業活動をデザイン活動(対面営業)とマーケティング活動(非対面営業)のふたつに分けることであった。ここでのデザイン活動とは、企業・組織のありたい姿を実現するため、顧客に自社のソリューション以外のサービスを含むさまざまなサービスや情報などを組み合わせて提案することを意味し、営業活動の質の向上を図るもの。もうひとつのマーケティング活動は、デザイン活動の価値を最大化するための新規顧客の発掘と育成を意味する。
初めに強化したのは、デザイン活動だ。デザイン活動は、提案依頼に至るまでに必要な顧客ニーズを理解する営みでもある。それぞれの顧客について徹底的に知ること、顧客のありたい姿を共有すること、そして顧客ごとにカスタマイズした提案を行うことの3つを「デザイン活動の型」として構築。トレーニングプログラムを提供し、管理職と担当者に実践してもらったという。進めるなかで、マーケティング活動の強化も早々に行うべきだと感じた。古池氏は「最初から現在のプロセスを描いて、実践してきたわけではなく、途中途中で足りないものに気がついて対処した結果、現在の姿に行き着いた」と振り返る。
ふたつの活動の連携が定着しつつあるなかで、これまでは営業が受注に至るまでのプロセス(アプローチ顧客の選定~提案・クロージング)をすべて行っていたことに気がついた。デザイン活動は対面、マーケティング活動は非対面と分担を明確にし、営業がデザイン活動に注力してもらうようマーケティング活動の強化に着手した。顧客と直接向き合うことはないが、「マーケティング活動(非対面営業)においてもお客様と寄り添いたい」と考えた古池氏。効果的なマーケティングアプローチの仮説を立てるために、顧客の特徴や傾向を可視化できるツール導入を検討していたが、世の中の一般的な情報だけでなく「JTBベネフィットだからこそ知っている顧客情報」と合わせて顧客セグメントを可視化したいと考えていた。
そこで導入したのがAnewsとAsalesだ。Asalesは過去3~5年分の営業が作成してきたテキストのセールスレポートから、各顧客が抱えるニーズとウォンツを抽出するために、Anewsはデータを蓄積する営業が、担当顧客に関する情報の感度を高めるために活用を始めた。
企画書のレコメンド機能も!価値あるテキスト活用に必要なこと
導入したストックマークのプロダクトの中でも、営業から高い評価を得ているものとして、2020年1月にリリースしたばかりの「Asales Slide Finder」を古池氏は挙げた。社内にある提案書や企画書の中から、必要な情報をページ単位で検索・レコメンドする機能である。PowerPointなどのファイルから、特定のページを容易に探すことができる。「あの人が出したあの企画書を参考にしたい」と思ったとき、社内で探し回る検索の手間と時間を省き、顧客に「刺さる」企画書の作成に専念できるわけだ。
ストックマークの2製品の導入を通して「自社にある顧客理解のためのテキストデータの価値に気がついた」と古池氏は語る。営業がセールスレポートは入力する習慣が定着している。ただし、その内容は担当ごとにばらつきがあるようだ。営業・マーケティング活動のヒントになる「顧客が何を話したか」ではなく、担当者の武勇伝になっているケースも見られるという。原部氏も「営業が考えていることはレポートやメモに現れることが多い」と指摘する。たとえば、BANT(Budget, Authority, Needs, Timeframe)情報を重視している営業もいれば、顧客が抱える課題を中心にレポートする営業もいるのだ。
各企業がモノ売りから、コト売への変革を求められるなか、営業1人ひとりも御用聞きと製品紹介のスタイルから、課題解決・提案型への変革が求められている。今後、組織的にデータを使うにあたっては、セールスレポートの書き方を標準化すること、ひいては自分たちがセールスレポートを書く理由、顧客の課題をチームで共有することの意義を伝える教育の徹底が必要になるだろう。リモートワーク下で社内の雑談機会も減る中、営業との情報交換が顧客にとってより価値ある場になる可能性も理解しなければならない。
「まだまだ道半ばだ」と古池氏は述べるが、営業が作成したセールスレポートの中に顧客が抱える課題があれば、それに関連する過去の企画書のページを表示し、どんな提案が相手の心を掴むかを理解した上で営業が企画書を提出する仕組みがAsalesによって同社には整いつつある。今まではできる営業がやっていたことを、さまざまメンバーが実現できる組織へとさらに進化していくはずだ。ここから先は顧客との長期的な関係構築に向け、それぞれの営業が価値を提供していくことに邁進するのみ。ストックマークとしてもより良い成果が得られるよう引き続きサポートを続ける。古池氏は以下のように述べ、講演を締めくくった。
「顧客が『価値』と感じることが変化してきているのと同時に、『働くひと』の価値観も多様化しています。企業が従業員を選ぶのではなく、従業員から企業が選ばれる時代になってきているのです。その企業で働く価値(EVP: Employee Value Proposition)の向上を図ることがJTBベネフィットの使命です。この春、『flappi』というEVPの実現をサポートするソリューションをリリースしました。これからの世の中に求められるのは『自ら気づき、自ら成長し、自ら創る人財』です。そんな人財が増えれば、おのずと企業は持続的に成長します。企業が『従業員を育てる』『マネジメントする』のではなく、従業員が『自分で成長しよう』という気持ちで自らの成長を促す努力をすることが重要です。『flappi』では、従業員の資質や価値観、志向や活動を可視化し、従業員の特徴や可能性を見出します。そして1人ひとりに合った『学び』や『体験』を提案し、それらの経験から得た気づきや変化による成長を明らかにすることで、従業員のさらなる成長を促す仕組みを構築しています」(古池氏)
「新型コロナウィルスによって、世界中の企業が打撃を受けています。『自ら気づき、自ら成長し、自ら創る人財』を排出するための取組は優先順位を下げている企業もあると思います。しかし、私たちは『今』だからこそ、将来に向けた持続可能な企業成長のためにも、取り組むべき経営課題であると確信しています。『flappi』を含むさまざまなソリューションとデザイン活動によって、私たちが目指す、働くひとが自ら輝きを増しつづけること。そして、企業が変化にしなやかで躍動感をもって価値創造し続けることの実現を引き続き目指していきます」(古池氏)