「ウィズ(with)コロナ」を生き残り、「アフター(after)コロナ」を制する者は誰か?
本書は、企業が「ウィズコロナ」で生き残るための戦略、そして「アフターコロナ」を勝ち抜くための戦略について解説している。
本書執筆時(2020年7月)、コロナショックが国内景気を急速に悪化させている。2020年6月19日に内閣府が発表した6月の月例経済報告によると、「景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、極めて厳しい状況にあるが、下げ止まりつつある」とされている。個人消費は持ち直しの動きが見られるものの、設備投資は弱含んでいる、輸出は感染症の影響で急速に減少している、と日本が得意とする設備投資や輸出の分野で景気悪化が見込まれる。
企業の業況感を示す2020年6月の日銀短観(DI)も、すべての企業規模で2020年3月調査から25%以上悪化。中堅・中小企業では、今後もさらなる落ち込みが見込まれている。全産業の設備投資の見通しは、0.8%減、修正率はマイナス2.9%と大きく下落している。この調査は5月28日から6月30日までの統計で構成されており、東京都における再度の感染拡大の影響が組み込まれていない。日銀短観は四半期ベースの公表のため、次の統計では再度悪化する可能性がある。
実際に、東京商工リサーチによる2020年6月24日の『上場企業「新型コロナウイルス影響」調査』では、上場企業の業績の下方修正額が、売上げで6.2兆円、最終利益で4兆円にのぼることが明らかとなっている。加えて、この数値に開示されていない中小企業の数字を加算すれば、企業業績は大きく落ち込むことが予想される。また、2020年3月期決算の2406社のうち、6月10日までに新型コロナの影響や対応を情報開示した企業は全上場企業の90.4%を占める。そのうち、減益となったのは60%、業績の下方修正も898社にのぼる。
中小企業についても売上げ・利益の減少によって、以前から業績の悪かった企業を筆頭に、足元の資金繰りが悪化し、倒産ラッシュが進んでいる。帝国データバンクによる2020年7月6日の調査では、「コロナ倒産」が累計で313件にのぼることがわかっている。業種としては、インバウンド消失と外出自粛によって強い影響を受けたこともあり、飲食店が49件、ホテル・旅館業が48件、アパレル・雑貨小売業が21件となっている。また、ホテルや飲食店の周辺領域である食品製造が18件、食品卸が19件と、関連業界にもその影響が広がっている。帝国データバンクの発表によると、2020年6月のコロナウイルス関連倒産件数は、月100件を超えている。
他にも、好景気による金余りを活かして拡大してきた国内のベンチャー企業も苦境に立たされている。ベンチャーエンタープライズセンターがまとめた「ベンチャーキャピタル等投資動向調査」によると、2020年1月から3月の投資額は前期より31%も減少している。
また、コロナウイルス感染症の影響により、解雇・雇い止めは2020年7月1日に3万人を超え、消費にも今後影響がある。
トヨタやリクルート、オリエンタルランドといったこれまで業績好調だった大手企業も積極的に資金繰りを行っている。仮に各社が今後半年以内に「ウィズコロナ」を生き抜く手法を学び、「アフターコロナ」で勝ち抜くための経営戦略へと転換しなければ、たとえコロナウイルス感染症が収まったとしても、今後も倒産件数は増加し続けると思われる。
あらゆる会社が倒産予備軍
これは何も表面上の統計の話ではなく、現にあなたの会社も倒産の憂き目に遭う可能性が極めて高いことを意味している。仮にあなたの会社が特に今後の戦略・計画がなく、「アフターコロナ」の世界に突入すれば、銀行はそのまま危機対応の借入金を貸し続けてくれるだろうか。おそらく、今はメディアからの批判を恐れて仕方なく貸してくれるだろうが、その後には貸し渋り、貸し剥がしになる可能性が高い。
たとえ貸し剥がしにはならなくても、借りたお金はいつかは返す必要がある。今借りたお金も3年後には利払いが始まる。今は裁判所が不要不急の倒産を止めるように指示しているから増加していないが、明確な戦略がなければ、多くの会社が倒産の憂き目に遭う可能性が高い。
リーマンショックの際も同じようなことが起こっていた。銀行は、はじめのうちはお金を貸してくれるものの、しばらくすると貸し渋り、貸し剥がしが起き、その結果、多くの企業が倒産していった。
財務省の『法人企業統計調査(令和2年1~3月期)(速報)』によれば、日本企業の手元流動性は、2020年1~3月において、資本金1億円未満の企業が21.6カ月分と比較的余裕があるのに対し、資本金1億円から10億円未満は10.5カ月、資本金10億円以上が12.4カ月と中堅以上の企業のほうが、手元流動性が厳しくなっている。実はこの手元流動性という数値にはマジックがあり、現預金だけでなく、有価証券などが含まれている。
株価が下がっている中で、この有価証券も現在価値に換算すれば目減りしているし、そもそも中小企業の有価証券は容易には売却できないため、実態はこの数字よりはるかに悪い。このまま環境の変化に早期に適応できなければ、現在コロナショックで厳しい業界以外の企業も当然倒産リスクが高くなる。
さらに日本企業の大半は、海外企業や海外の市場とも取引がある。アメリカはFRBが「経済が急速に悪化」としており、一時は20%近い失業率になっていた。『日本経済新聞』が2020年5月2日に発表したQUICK・ファクトセットの財務データでは、ヨーロッパ企業が71%の減益、アメリカ企業が36%の減益となっている。特に自動車や素材・エネルギーなど、日本の基幹産業である業種の収益性が世界的に悪化しており、需要回復までには相当時間がかかるだろう。
これらを踏まえて、短期的にはコロナウイルスが収まらないと予想できる中で、「ウィズコロナ」の世界を日本企業はどのようにして生き抜くべきか、そして、「アフターコロナ」の世界で日本企業はどのようにして戦うべきなのか、経営戦略の転換という視点からの指針を本書では示していく。
コロナショックの中で進むアメリカ企業、中国企業。遅れる日本企業
では、具体的に中国とアメリカではどのような変化が起きているのか。
まずアメリカでは、「アフターコロナ」を見据えた新しいビジネスが広がりつつある。たとえば、フェッチ・ロボティクスは、AMR(Autonomous Mobile Robot:自律移動ロボット)を展開する2014年創業のベンチャー企業である。同社はクラウドロボティクスを掲げ、100億円超の資金調達を実施。「アフターコロナ」下でEC需要が再度本格的に拡大すると考えられているアメリカにおいて、複雑な開発なしでシンプルかつ短時間で使える倉庫向けのロボットを今後大量に投下することとしている。
他にも、アメリカでは各メーカーが「アフターコロナ」によって広告のあり方を変化させており、「リテールメディア」と呼ばれるメディア分野が急速に拡大している。リテールメディアとは、アマゾンやターゲット、ウォルマートといった巨大ECサイトのスペースを1つのメディアとしてクライアントに貸し出すビジネスモデルのことである。
Kenshoo社の調査では、「ウィズコロナ」によって広告予算が削減されている2020年4月度においても、リテールメディアへの投資を現状維持もしくは増加させると回答した企業は67%にものぼることが明らかとなっている。グーグルなどの検索広告やSNS広告から、リテールメディアへと広告業界のビジネスのあり方も「アフターコロナ」の時代に合わせて変化してきているのである。
アメリカと同様に、中国からも「アフターコロナ」を見据えた、新しいビジネスが登場してきている。たとえば、教育分野ではオンライン化が急速に進展。中国国内の2.7億人がオンライン上で授業を受けることが当たり前となった。これによって中国のオンライン教育市場規模が620億ドルまで拡大し、これを勝機と捉えたアリババグループは、オンラインプラットフォームの「Ding Talk」において無料サービスを強化したことで、国連が世界中に推薦するサービスとなった。これがきっかけで、アプリのダウンロード数は300倍アップ。巨大なEC企業から、EC以外の分野へと多角化を進めるアリババグループの戦略にぴったりとはまった。
他にも、中国のEC市場は「アフターコロナ」を契機に再度急速に成長を遂げている。2019年にEC市場の成長率は20%まで減少していたものの、翌年5月のGWから大幅に上昇している。その要因となったのが、小売店の倉庫能力の拡大とAIを活用した配送の最適化である。注文数が急激に増加したことから、物流への負担がかかり拡大ペースが緩やかだったが、小売店に倉庫機能を設け、物流拠点から小売店、小売店から自宅というルートをアプリベースで再構築したことで、物流の効率化が急速に進んだのである。
このように、アメリカや中国の企業では、「ウィズコロナ」で知恵を絞った結果、「アフターコロナ」で勝ち抜くための土台を築き上げることに成功し始めている。
では、「ウィズコロナ」への対応に苦慮し、自粛のやり方に苦心している日本企業は、どのように今後の経営戦略を決めていくべきだろうか。本書で具体的に見ていきたい。
本書で提示する2つのフェーズ
ここまで再三指摘してきたが、本書では「ウィズコロナ」の時代と「アフターコロナ」の時代の2つのフェーズに分けて説明をしていく。
第1部である「ウィズコロナ」の時代では、リーマンショックからコロナショックまでの11年間を捉え、日本企業の経営戦略が本当に正しかったのかの再検討・再点検と、それらを踏まえて、企業が取り組まなければならない「ウィズコロナ」を生き抜くための経営戦略上のポイントについて、筆者なりの見解を提示する。
具体的には本文に譲るが、日本企業がこれまで追いかけてきた「集中と選択」や「イノベーション」といった経営テーマがメインとなる。あわせて近年の流行である「ニューエコノミー」や「グローバリズム」などについても、筆者なりの視点をお伝えしたい。
次に、第2部の「アフターコロナ」の時代では、4つの重要なトレンドについて解説した上で、それぞれをどの時間軸で実行するべきかを「SDMSフレームワーク」として提示する。
第3部では、読者からの質問が多いと想定される、新規事業と既存事業のバランス、「アフターコロナ」の組織マネジメントなどを中心に追加的な解説を行った。
事前にお断りしておくが、本書では何か目新しいモデルを展開するものではない。そうではなく、今既にある理論の中で、どれをどのように、そしてどの時間軸で取り入れていくべきなのかを解説し、さらには業界ごとの最適な事例をそれら4つのモデルの視点で説明を加えていくものである。
自社とは関連のないと思われる業界の事例が、自社における今後の経営戦略上の指針となることは、筆者が日々コンサルティングを行う中でよく目にすることである。むしろ、あまりに身近な競合の戦略に引きずられるとかえって同質化を招くとアドバイスすることもある。したがって、「自社とは関係のない業種だ」とは思わず、ぜひ最後まで読み進めていただければ幸いである。
本書を有効活用するために
本書では、その内容を有効活用していただくために、2つの工夫を行った。
社内で前向きな話をしようとする際に、話が噛み合わないという経験はないだろうか。それは、社員同士、経営者と社員間で共通言語がないことに原因がある。そこで本書では、社内で共通言語を持てるように、ビジネス用語や経済用語についても噛み砕いた説明を行うことで、はじめて経営戦略の書籍を読む人にもわかりやすく解説している。「アフターコロナ」に備えて知識をアップデートして全社の足並みをそろえていくために、各社の当時の意思決定にも踏み込みながら記載している。
本書の内容を全社的に展開し、時にはダメ出しをしながら、ノウハウ化していただきたい。あなたが経営者であれば経営会議の議題に載せたり、新入社員に渡したりしてもよいだろう。多くの人が社内の共通言語の構築に役立つように、経営分野において重要なキーワードや経営戦略のワードについても丁寧に解説を行うことを目標とした。
2つ目は、さまざまな統計データや企業の決算書を読み解きながらリアルに伝えている点である。大半の経営戦略の教科書は抽象的な議論が多く、なかなか実践をイメージすることが難しい。また事例集だと、1つ1つが独立していて、体系的に理解しづらい。
そこで本書では、上場企業の決算データや各種の統計データを多数紹介することで、リアルな事例をもとに戦略が理解できるようにした。さらには中小企業も含めて50以上の事例を掲載し、図表も多数掲載している。経営戦略というと固くなりがちだが、企業の事例集としても楽しんで読んでもらえるはずだ。
以上、ややまえがきが長くなってしまったが、これから本文に入っていくこととする。まずは「ウィズコロナ」の世界をどう生き抜くかから始めていきたい。