2023年9月6日(米国東部時間)、ボストンのコンベンション&エクシビジョンセンターにて、HubSpot主催イベント「INBOUND 2023」が開幕した。オンライン参加者(約10万人)とオフライン参加者(約1万1,000人)の合計約11万人が参加する見込み。会期は9月6日から8日までの3日間となっており、マーケティング、セールス、カスタマーサクセスなど、主に顧客対応部門を対象とした多様なセッションが展開される。
顧客に変化が起きている今、企業に求められる「AI活用」とは
米国6日10時に開始されたKEYNOTE「HubSpot Spotlight」の最初の登壇者は、HubSpot 最高経営責任者(CEO)のヤミニ・ランガン氏。ランガン氏は冒頭で生成AI(Generative AI)の台頭に言及し、世界中の人々の生活をスピーディーに“Change”(変化)させたと強調した。AIやテクノロジーの進化によって顧客の購買活動も大きく変化する中、企業も顧客と“つながる”方法を変化させていく必要があると語る。
「顧客とのつながり」が重要な理由について、同氏は「“つながり”はビジネスの成長を促すため」と言う。同社の調査によると、顧客との「つながり」の創出に取り組んでいる企業は、平均的な企業に比べて5倍の成長を達成しているほか、カスタマージャーニー全体で常に「つながり」の創出に取り組んでいる場合、成長率が19%高い結果となっている。
では顧客側に起こっている変化とは何か。同氏はカスタマージャーニーにおける4つの変化に言及した。
カスタマージャーニーにおける4つの変化
- 【認知における変化】検索からSNSへ
:HubSpot調査によると、44%の購買者が、新製品を発見する主な手段としてソーシャルメディアを利用。
- 【検討における変化】クリックから対話へ
:購買者は自分の得たい情報を探すためにウェブサイト上でクリックするのではなく、1対1の対話を通じて必要な情報を手に入れたいと思っている。
- 【購入における変化】パーソナライズからパーソナルへ
:「パーソナライズ」とは、テンプレートや定型文のこと。購買者はオーダーメイドの「パーソナル」な対応を求めている。
- 【使用における変化】事後対応から事前対応へ
:HubSpot調査によると、99%の顧客がカスタマーサービスに不満を感じている。顧客は売り手に対して能動的・積極的なアクションを求めている。
ランガン氏は、顧客側に起きているこのような変化に対応するには、AIを活用し顧客のインサイトを得ることが重要であると述べる。「AIに関して確立された勝ちパターンはない」と言及したうえで、企業がAI活用を始める際に取り入れるべき4つの手法を提案した。
企業が取り組むべきAI活用
- ボット(bot)の活用
:マーケティングボットやサポートボットを活用することにより、顧客が必要としている情報やサポートを提供。HubSpotでは2023年の初めに、HubSpotのウェブサイトに生成AIを搭載したチャットボットを追加した結果、78%の質問がボットによって完全に回答され、顧客の満足度が向上したという。
- コンテンツの更新
:ボット、ブログ、ビデオ、ポッドキャスト、インフォグラフィックなどすべてのコンテンツをAIで最適化する。さらにそれらをソーシャルメディア、ウェブサイト、SMS、検索、広告、Eメールなどのチャネルをどのような順序とタイミングで活用するか、AIを用いてプラニングし実行する。
- 営業成績の予測
:従来の営業は、営業担当者の数・ツールの数・活動量などが「多ければ多いほど良い」と考えられていたが、この戦略はもはや機能しない。今後はAIが業務を効率化し、営業は顧客との「つながり」の創出に集中することができるようになる。
- 事前対応型のカスタマーサービス
:顧客に製品・サービスを使い続けてもらうためには、AIを使って顧客のインサイトをまとめてチームに共有し、顧客に能動的なサポートを提供することが重要となる。
このようなマーケティング・セールス・カスタマーサービスにおける変化は「人間同士がより良く“つながる”ためのもっとも深遠な変化かもしれない」と同氏は言う。「より良い“つながり”をつくるために、あなたも変化してみませんか」と聴講者に呼びかけ、自身のパートを締め括った。
「HubSpot AI」をリリース 「Sales Hub」にも多数の新機能を実装
次に、製品部門 エグゼクティブVPのアンディ・ピトレ氏が登壇した。ピトレ氏は同社の製品について、大きくふたつのメインアップデートを発表。ひとつめが「HubSpot AI」のリリース、ふたつめが「Sales Hub」の大幅リニューアルである。
「HubSpot AI」は、マーケティング、営業、カスタマーサービスといった顧客対応部門において、「コンテンツ」「コンテクスト」「顧客」へのアクセスを可能にする。たとえば、マーケティング部門において「コンテンツアシスタント」機能を利用することで、画像の生成が可能。また「キャンペーンアシスタント」機能を活用すれば、いくつかの質問に答えるだけでLP(ランディングページ)がつくられ、LPから広告を生成することができる。そのほか、2、3のプロンプトでウェブサイトがつくれる「ウェブ制作アシスタント」機能や、リアルタイムな顧客対応を可能にする「AIチャットボット」機能なども実装されている。
続いてピトレ氏は、「Sales Hub」のリニューアルについて紹介。主に次のようなアップデートが発表された。
「Sales Hub」の主なアップデート(抜粋)
- 「案件創出」機能
:営業担当者が見るべき情報がひとつの場所にまとまることで効率的な案件創出が可能になる。
- 「取引管理」機能
:事前に設定された条件をもとに取引を自動分類し、色付きのラベルを付加。営業担当者はこのタグを参考に、対応が必要な取引に集中することが可能になる。
- 「AI売上予測」機能
:HubSpotの予測AIと過去の販売データを使用して今後の売上を予測。この機能により予測精度が最大95%向上したという。
- 「レポート作成アシスタント」機能
:自然言語のプロンプトを入力しレポートを作成できる。レポートの説明も生成できるため、そのデータの使い道が明確になる。
また、顧客の購買後のカスタマージャーニーステージを管理する「Service Hub」においても、既存の「ヘルプデスク」の強化、生成AIを搭載した「カスタマーサポートアシスタント」の実装を行っている。このふたつのアップデートは「顧客の成功」の実現を可能にするとピトレ氏は述べた。
さらに同氏は、「顧客の成功」をカスタマージャーニーのすべてのステージで実現するには、マーケティング・セールス・カスタマーサービスのチームがひとつのデータソースにアクセスできることが重要であると語る。これを「Smart CRM」と同社は呼んでおり、カスタマープラットフォームの基盤であるという。
しかし、チームごとにCRMの利用ニーズが異なるという問題がある。そこで今回機能拡張が追加され、チームごとのニーズに合わせたCRMのカスタムもできるようになった。
最後に、ピトレ氏は「このINBOUNDの機会に、200以上の機能を新しく公開しています。新機能の詳細を知りたい方はウェブサイトをぜひご覧ください」と述べ、セッションを締め括った。
人とAIが共存する時代、企業の差別化要因は「データ」
最後のパートに登壇したのは、共同創業者 兼 CTOのダーメッシュ・シャア氏。同氏はセッションの中で「生成AIがもたらす効果」について述べた。
同氏によると、生成AIは63以上の利用シーンにおいて、2.6兆ドルを超える効果を生み出す可能性があるという。もっとも価値を生み出すとされる利用シーンの代表カテゴリーはセールス、マーケティング、顧客オペレーション(サポートセンターなどのサービス)だ。AIはこのような良い効果をもたらす一方、「Hallucination(幻覚:AIが信頼レベル不明の回答を出すこと)」や「Hazard(危険:AIが適切でない回答やバイアスのかかった回答を出すこと)」といったネガティブな側面も有している。そのため、引き続き人間が関与することの必要性について言及された。
加えて、AIは現在「静的」「文章によるインプット」「受動的」といった、AIを利用する人々にフラストレーションを与える要素も持ち合わせている。これを踏まえ、シャア氏は「次の時代のAIは“AGENT AI”に行き着く」と独自に定義した。AGENT AIとは、AIが持つフラストレーションが解消された先にある新たなAIの姿を指す。
「AGENT AI」の「AGENT」とは
Autonomonus (自律的に動き)、 Goal-oriented(ゴールに向かって動くことができ)、Expert(専門性があり)、Networked(ネットワークにつながっていて)、Tailored (オーダーメイドである)
では、企業はこの「AI時代」に何をしていくべきか。同氏はAIがコモディティ化していく中、差別化要因は「データ」であると語る。たとえば、顧客に新プロダクトのプロモーションをするメールを送る際に、顧客がこれまでに訪れたウェブサイトや開封したメールなどのデータを企業が持っていれば、データから「その人のためだけの」メールをつくることが可能となる。
また、人がAIと共存していく方法について「AIAIO」というフレームワークが紹介された。
「AIAIO」とは
- Awareness:AIに何ができるかを発見する
- Investigation:実際に使ってみる
- Adoption:さまざまなタスクや用途に展開してみる
- Integration:ワークフローに取り入れてみる
- Optimization:最適化を行い、より効果を最大化させる
最後に同氏は次のように聴講者にメッセージを送り、セッションを締め括った。
「もしTed Lasso(ドラマ「破天荒コーチがゆく」に出てくるコーチ)がAIについてアドバイスするとしたら──と想定し、このメッセージを送りたいと思います。“変化は大変だが、あなたを成長させる。チャンスを掴め”」(シャア氏)