本記事は『トップセールスだけに頼らない組織を作る 実践セールス・イネーブルメント データを活用した必勝パターンの設計から、育成施策・ナレッジ活用、効果検証まで』の「第3章 イネーブルメント施策の構築と実践」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
イネーブルメント・スキルマップ:あるべき営業スキル体系を設計する
イネーブルメント・スキルマップ(以下、スキルマップ)とは、「自社の営業の勝ちパターンを反映したスキル体系」です。「勝ちパターン」とは、前節で見た「営業成果」達成のための営業活動です。営業育成の骨格は、このスキルマップに集約されます。自社のスキルを整理するためのフレームワークであるスキルマップを押さえておきましょう。
スキルマップは、3階層で構成されます。
- 営業フェーズ:営業活動の流れを定義したもの
- Key Action:営業フェーズで定義した営業アクションの中でも特に重要な営業アクションのこと
- スキル/知識:Key Actionを実践するために必要なスキル/知識
日々の営業活動は、様々なスキル/知識の総合演技(アート)で構成されます。顧客との初回アポイントをとるためにも多くの事前知識が必要ですし、単に「ヒアリングシート」があれば顧客の課題を引き出せるわけでもありません。どの仕事もアートの部分は当然ありますが、それ以前に動き方の基本となる「型」が存在します。その「型」をまず習得する必要があります。
「型」は単にアクションリストやタスクではありません。再現性をもって特定のアクションが実践できるようにスキル/知識をまとめたものがスキルマップです。自社の営業成果を達成するために、オリジナルのスキルマップを整理しましょう。
イネーブルメント・スキルマップの考え方
少しスキルマップのイメージを持っておきましょう。
例えば、営業活動を前進させるKey Actionの1つに「顧客メリットを明確にしたアポイント」というものがあったとしましょう。
スキルマップでは、Key Actionを実践できるようになるために必要なスキルや知識を整理します。例えば、営業成績の良い人を分析したところ、顧客メリットを想定できるためには、「顧客ニーズ理解」のスキルが必要だとわかったとします。「顧客の公開情報と自社の過去事例を突き合わせると、○○領域にニーズがあるかもしれない」といったニーズを想定する力です。
また、ニーズ理解ができただけではアポイントにつながりませんので、アポイントにつながる「トークシナリオの構築」のスキルも求められるでしょう。「御社のIR情報から○○な課題をお持ちではないかと考えました。
弊社のお取引先で過去にご支援した事例があります。なんらかのお役に立てるのではないかと思います。つきましては、30分ほどお時間をいただけますでしょうか?」といったかたちで顧客にコンタクトします。これができれば、Key Actionが成功しそうです。
もう1つ、Key Actionを実践するためには「知識」も必要になります。知識とは、「特定の情報を知っているかどうか」です。先ほどのスキルは「できるかどうか」です。上の例でいえば「顧客ニーズ理解」ができるためには、「顧客の業界構造」を知る必要があります。「お客様がどのようなビジネスを展開しているのか、どのようなビジネスモデルか、提供している製品は何か、主要な取引はどこか、業界トレンドは何か……」といった情報をもとに困っていそうな領域を想定します。
加えて、お客様がメリットを感じる情報として「過去の顧客事例」も知っておく必要があるでしょう。「過去の類似企業では、○○領域で弊社の導入実績があります。ここでの取り組みはお客様に有益かもしれません」といったぐあいです。これらの情報は知っているか知らないかの世界です。
特定のKey Actionが実践できないのは、単に知るべきことを知らないからというのは結構あります。スキルだけでも知識だけでもダメです。特定のKey Actionを目的にして、「スキルと知識」をセットで習得できるように育成施策を考えていく必要があるのです。
Key Actionを整理する
スキルマップではKey Actionの整理がポイントです。Key Actionの表現やまとめ方について簡単に解説します。
図は、B2Bソリューション営業におけるKey Actionの例です。
この図では、営業プランニング、案件創出、案件の前進、案件のクロージング、営業活動管理という枠組みで営業活動をまとめています。
表現のレベル感は、実際の営業活動がイメージできる端的な表現にします。Actionですので、「ヒアリング力」といった「~力」の表現ではなく「とるべき行動(Do)」を意識した表現です。
Key Actionの合計数は経験上15個前後がいいでしょう。20個や30個になると網羅性と具体性は確保できますが運用にのりにくくなりますので、極力数を少なくすることをおすすめします。最初は少なく、運用にのってきたら徐々に増やすほうが効果的です。
少し話は脱線しますが、これまで多くのスキルマップの作成に携わってきた中で、ハイパフォーマーとローパフォーマーの違いがありました。ハイパフォーマーは前半の営業フェーズのスキルが比較的高い傾向にありました。前ページの図でいうと、1「顧客ターゲティング」、2「予算達成プランニング」、4「顧客視点の課題仮説構築」、10「注力商談の見極め」です。逆にローパフォーマーは7「興味を引く会社・製品紹介」、12「質疑応答対応」、13「訴求力のあるメリット提示」が比較的高いです(といってもハイパフォーマーと比較すると平均的)。
ハイパフォーマーは注力すべき商談を見極めて、何にリソースを集中すれば確実に数値が達成できるのかに注力し、ローパフォーマーはプレゼンや顧客対応、交渉などのテクニックに意識がいく傾向です。皆さんの会社でも次節で説明するアセスメントと組み合わせて、スキルマップを使ってレベルの分析をすると強化すべきポイントが見えてくると思います。、
スキルマップ作成の留意点
スキルマップは社内のハイパフォーマーにヒアリングして作ります。社内で実際に成果を上げている営業の知見が最も説得力があります。作成時、ハイパフォーマーの選定と営業マネジメント層を巻き込む必要がありますが、留意点がありますので説明します。
ハイパフォーマーの選定
誰をハイパフォーマーとして選ぶかによってスキルマップの精度が変わります。ハイパフォーマー選定のポイントは3つあります。
- 達成すべき営業成果との整合
- あの人のノウハウ
- ハイパフォーマーがいない場合は、特定の得意領域を持つ営業の知見を活用
1は、前節で解説した営業成果とスキルマップを照らし合わせて選ぶということです。営業成果が新規顧客の獲得だとすれば、スキルマップで新規獲得が得意で、新規顧客の売上比率が高い営業を見つけます。既存顧客との取引拡大がゴール達成の柱であれば、スキルマップで既存顧客の深耕が得意で、既存顧客の取引成長率が高い営業を見つけます。
2は、ゆくゆくスキルマップを社内展開する際に、作成のもとにした情報を説明できるようにしておく必要があるということです。「ハイパフォーマーであるAさんのノウハウをヒアリングして作りました」といえると「Aさんのノウハウが反映されているのであれば私も取り組んでみたい!」というかたちで納得感が醸成できます。実名を伝えるかどうかは個別に判断すべきですが(逆効果になることもあります)、スキルマップを受け取る側に、「あのAさんのノウハウ」と広まりやすくなります。
3は、「社内にハイパフォーマーがいません」という場合の対応です。結構この質問は多いです。現在の営業スタイルであればハイパフォーマーはいるが(As-Is)、今後のあるべきTo-Be像を実践できているハイパフォーマーが見当たらないという場合です。この場合は、部分的にでも良いので特定のアクションができている営業のノウハウを集めて、最大公約数的にスキルマップを整理するというやり方が効果的です。例えば、「案件創出フェーズ」についてはAさんが得意、その後の「提案フェーズ」はBさんが得意、最後の「クロージングフェーズ」はCさんが得意であれば3人のインタビュー結果をまとめてみましょう。精度としては7割だとしても現時点でのスキルマップを作り、その後の営業実績を反映して10割版にしていくという進め方になります。
営業マネジメント層の巻き込み
スキルマップ作成の途中で営業マネジメント層とレビューをおこない、彼らの意見を反映させましょう。マネジメント層の最終合意がとれたスキルマップであれば、その後展開しやすくなります。合意は少なくとも3回必要です。1回目は営業成果に対して作成するスキルマップのテーマの合意(新規開拓スキルマップ など)、2回目はハイパフォーマーインタビュー結果の共有、最後は最終版スキルマップの報告です。営業マネジメント層と一緒にスキルマップを具体化していくことをおすすめします。
スキルマップは育成施策の起点
スキルマップは、その後の育成施策の基盤になります。
トレーニングへの活用
スキルマップにはKey Actionにもとづくスキルと知識が整理されています。スキルと知識の習得はトレーニングを通じておこなうのが効果的ですのでトレーニング施策に反映します。
コーチングのガイド
営業メンバーが特定のKey Action が実践できていない場合は、スキルマップを参照することでコーチングポイントが見えます。特定のスキルが足りないのか、そもそも知識がないのか、営業マネジャーは改善に向けたアドバイスの参考としてスキルマップを活用すると効果的です。
スキルレベルの可視化
スキルマップのKey Actionをアセスメントにして定量的にスキルレベルを測ることも可能です。営業チーム別、個人別などで改善傾向を追うことで育成の進捗を把握できます。アセスメントについては本書で解説します。
また、スキルマップは1つだけにする必要ありません。むしろ、営業の特性に合わせて複数作ったり、階層別に作ったりすることで業務の実態にあったスキル体系ができあがります。
業種業界別
顧客の業界によって営業の動き方が異なることがあります。そもそも顧客の意思決定プロセスが業界によって違いますので、スキルマップも別で作るのが最適です。例えば、大手企業を担当する営業チームでも自治体官公庁と製造業では商談の時間軸もプロセスも全く異なります。営業体制を顧客の業界別で組織している場合は有効なアプローチです。
顧客セグメント別
顧客のセグメント、例えば企業規模によっても営業の動き方は異なります。大手企業は顧客の中で押さえるべきステークホルダーが複数いますが、中堅中小企業の場合は社長決済で終わりですので、顧客のセグメント別にスキルマップを作るのが最適といえます。
対象者別
新卒と既存の営業では、身につけるべきスキル/知識は異なります。営業組織でも営業メンバーとマネジャーでも異なります。このように年次や役職などの対象者に応じてスキルマップを作ることも効果的です。
スキルマップは複数作ることが可能ですが、多ければ多いほど運用負荷が上がります。できる限り多くの営業に適用できて、かつ必須のテーマに絞って整備しましょう。
営業マネジャーをイネーブルメントする
階層別の話が出たので、営業マネジャーイネーブルメントについて触れておきたいと思います。セールス・イネーブルメントの最初の取り組みは、多くの場合営業現場向けのイネーブルメント施策の整備から始まります。まずは営業が売れるようにすることに集中します。その次のイネーブルメントの対象は営業マネジャーになります。セールス・イネーブルメントを通じて営業の動きが変わっても、営業マネジャーが昔ながらのマネジメントスタイルのままだと営業メンバーの動きもすぐに昔のスタイルに戻ってしまうからです。
そこで営業マネジャーイネーブルメントに取り組みます。最初に整備するのが、「営業マネジャースキルマップ」です。営業マネジャーのあるべきマネジメントスタイルをスキルマップの枠組みを使って整理します。例えば以下のようなKey Actionを整理できます。
〈ディールマネジメント(Deal Management)〉
- 営業のチーム達成計画の立て方
- 営業フォーキャスティング(売上予測)とリカバリープランの立て方
- KPIモニタリング など
〈ピープル/チームマネジメント( People/Team Management)〉
- 営業チームビジョンの作成と浸透
- 営業スキルコーチング
- 後継マネジャーの育成支援 など
営業マネジャーに求める標準的なKey Actionとスキル/知識を整理し育成施策に反映していきます。
マネジャーコンピテンシーや階層別研修を提供している企業は多く存在しますが、中身の具体性やチームマネジメントの実務とのつながりという点で即効性に欠けるケースがあります。
営業マネジャーのスキルレベルが営業組織全体のパフォーマンスに大きな影響を与えることを考えると、営業マネジャー向けのイネーブルメント施策は必須といえるでしょう。営業マネジャースキルマップは、営業マネジャーのスキルの標準化に向けて最初の育成指針を与えてくれます。