営業組織の「理想と現実」
2020年4月に創業したナレッジワーク。2022年4月にセールスイネーブルメントクラウド「ナレッジワーク」を正式リリースして以来、従業員1,000名以上の規模のエンタープライズ企業を中心に、さまざまな企業の営業組織を支援してきた。現在までにNTTコミュニケーションズで1万5,000人、リコージャパンで1万2,000人、みずほ銀行で5,000人の営業担当に「ナレッジワーク」が利用されるなど、ユーザー数は確実に増えている。
「ナレッジワーク」によってもたらされるメリットのひとつが「ナレッジマネジメント」の高度化だ。営業活動に役立つ資料やコンテンツを集約・共有することで、営業が情報収集や資料探しに費やす時間をひとりあたり7.5時間/月ほど削減するといった成果が表れている。
「言い換えれば、多くの企業は月に7.5時間、つまり1営業日に相当する時間を資料探しに費やしていることになる。これは非常に衝撃的な事実です」と桐原氏。デジタルの力も借りながら、本質的ではない無駄な時間をいかに効率化するか。あらゆる企業が率先して取り組まなければならない課題だと語る。
しかし現実は、営業が顧客との商談に充てる時間は非常に少なく、とくにBtoBセールスでは「1日1社しか訪問できない」という事態も珍しくない。その原因について桐原氏は、商談準備や社内調整に多くの時間を費やしていること、自社商品の激しい変化をキャッチアップできていないことを挙げた。加えて、多くの企業が、顧客との対話からニーズや課題を把握して解決策を提示する「ソリューション営業」へ転換できていないという。これらの要因から「ハイパフォーマー以外の『売れない営業』が取り残されている」と指摘する。
企業における理想的な状態は、営業チームの誰もが「売れる営業」になることだと桐原氏。だからこそ、組織全体で高い成果を出せるようにする「営業支援(セールスイネーブルメント)」への投資が重要だと強調した。
営業組織の「中央値」を高める投資のあり方とは
ナレッジワークでは、セールスイネーブルメントの対象領域を4つに分類している。
- ナレッジ領域:コンテンツがすぐに使える状況を整える
- ワーク領域:一定のゴールにたどり着くためのプロセスを明確化する
- ピープル領域:スキルを定義・可視化して人材の成長をキャッチアップする
- ラーニング領域:学習プログラムを設計する
ここで桐原氏は「ぜひ皆さんに持ち帰ってほしい考え方」として、営業に対する投資をどうとらえるべきか解説した。2010年代以降の日本では、SFA/CRMの導入など営業管理(セールスマネジメント)を目的とした投資が行われた。しかし営業管理は現場の入力負担が大きいうえに、現場へのリターンも実感しづらい。現場が求めているのは営業支援(セールスイネーブルメント)への投資だが、もともとハイパフォーマーとして活躍し、現在は現場から離れてしまった管理職は、この実情を把握し切れていないことが多いという。
成果を出している大手企業は、営業現場の実態や要望を把握したうえで投資の意思決定を行っている。営業管理と並行して、営業現場の日々の活動を手助けする「営業支援(セールスイネーブルメント)」にも投資すべきだと桐原氏。そうすることで、情報収集やマネジメントにかかる工数が削減され、営業組織が生み出す成果の「中央値」が向上すると強調した。
最速で成果を生み出す「現場DX」のススメ
従来、大手企業におけるセールスイネーブルメントの取り組みは多くの時間とコストがかかるケースが多かったと桐原氏。しかし近年は、非常にスピーディーに決断して結果を出す大手企業が増えているという。そう前置きし、本セッションのテーマでもある「大手企業の時間軸を変えた営業DX」について解説した。
「IMD世界デジタル競争力ランキング」2023年版によれば、日本のデジタル競争力は世界32位と非常に低い。デジタル化へ期待を感じながら、実行できていないのが実態だ。DXにおけるITシステム(ツール)導入の失敗要因として、桐原氏は「ストラテジー:戦略との接続不足」「プロセス:業務の変革不足」「スピード:検討の速度不足」「マネジメント不足:役職者の関心不足」の4つを提示。このうち、3つめの「スピード」を解決する手立てとして、「現場DX」の重要性を強調した。
2017年ころまでの日本では、IT部門主導でクラウド化などを進める「全社DX」が主流だった。しかし近年は、現場の各部門が変革を推進する「現場DX」が増えているという。全社DXは投資金額が大きく、失敗のない設計をするために時間とコストがかかる。一方、現場DXは現場のリソースを割くことから早期稼働を重視しており、アジャイル型のプロジェクト推進や、特化型の機能を提供するSaaSプロダクトで小さくかつ素早く導入を進めるのが特徴だ。
全社DXと現場DXはプロジェクトの性質がまったく異なるため、推進方法も一新しなくてはならない。とくに多くの企業が陥りやすい現場DXの失敗が、「管理」を目的としてしまうことだ。先に触れたとおり、現場はパフォーマンスを高めるための「支援」を求めている。現場DXで目指すべきは、「支援中心」「運用重視」によるプロジェクトの質と、「短期検討」すなわち検討スピードの向上だという。
とくにステークホルダーの多い大手企業では、検討期間が長くなるほど、人事異動や議論の複雑化により結論がわからなくなってしまいがちだと桐原氏。検討スピードはプロジェクトの質にも影響するため、いかに素早く導入できる検討プロセスを設計していくかが、買い手・売り手双方にとって重要になる。
5,000人規模の組織が、検討から1年でツールの安定運用を実現!
ここまでの内容を踏まえて、桐原氏は「ナレッジワーク」の導入成功事例を紹介した。
日本通運では、営業人員全体に対する「ナレッジワーク」の導入を短期間で実現した。ナレッジワークを「専門集団」ととらえ、ツールの活用はもちろんリーダーシップの発揮の仕方にいたるまで、ナレッジワークが持つノウハウやプロセスを積極的に取り入れたことが早期稼働につながったという。この取り組みの中で、日本通運はセールスイネーブルメント部を創設。営業支援への投資を確実に成功させるため、強いリーダーシップのもと営業DXを推進している。
みずほ銀行の事例においても、日本通運と共通する成功要因が見出せる。みずほ銀行では、検討開始からわずか1年で、法人営業5,000名という大規模な「ナレッジワーク」の利用拡大・安定運用を実現した。これまで桐原氏が支援してきた企業の中でも、非常に速いスピードで結果を出した事例だという。
この背景には、みずほ銀行が持つIT投資の経験ももちろんだが、ナレッジワークが提供する検討プロセスに沿って導入を推進したことがある。ナレッジワークは1,000名以上の企業をメインに「ナレッジワーク」を提供しているが、その平均検討期間は2.4ヵ月と非常に短い。それはナレッジワークが早期検討の実現を重視し、その知見やノウハウを蓄積しているからだ。日本通運とみずほ銀行のように早期に成果をあげる状態を目指すのであれば、自社のノウハウに固執し過ぎず、売り手が提供するベストプラクティスを取り入れる柔軟性が必要だと述べた。
しかし、売り手の知見を活用する際は必須条件があると桐原氏。まず、売り手は高い再現性を持つ検討プロセスを設計し、買い手へ提供しなければならない。個社ごとに検討プロセスを設計していては再現性が下がってしまう。ナレッジワークでは、過去の実績から理想的な検討プロセスを設計すると同時に、それらの検討プロセスを事例化して提示することで早期検討をあと押ししている。
一方、買い手はツール導入のたびに自社で検討プロセスを設計するのではなく、売り手の検討プロセスに従うことで早期検討が可能になる。その際、必要となるのがリスクチェックだ。桐原氏はシンプルに、導入実績と検討プロセスの事例があるかを売り手に聞くと良いとアドバイスし、セッションを締めくくった。
「確認を繰り返すウォーターフォール型の検討プロセスは、稼働まで必要以上の期間がかかってしまいます。改修を前提としたアジャイル型にシフトすることで、検討スピードは向上するでしょう。その中では、ときに『プロセスどおりに進めても、これ以上うまくいかなそうだ』と壁にぶつかるかもしれません。そのとき重要となるのが、売り手も買い手も検討停止を辞さない姿勢で臨むこと。双方に無駄な投資が起きないよう環境を整えて推進していくことが重要です」(桐原氏)